mixiユーザー(id:7990741)

2025年09月12日17:55

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「遠い山なみの光」石川慶監督

原作を読んでから見に行くべき映画。

これまで、例えば「ダ·ヴィンチ·コード」なども原作を読んでから見に行ったけれど、
この映画こそ、読んでから見るべきだと強く思った。
終わりの方では、座席で思わずガッツポーズしそうになった位
読んでから見ると本当にスッキリする。

1980年代初めのイギリスに住む悦子の所へ、ロンドンで暮らす次女ニキがやって来て滞在する。
素敵な庭のある一戸建てなのだが、売りに出している。

舞台は、夢を見ながら思い出をたどる悦子の、
戦後間もない頃に住んだ長崎の団地とその近所へと、しばしば飛躍する。
その映像の展開が美しくて、説明がなくても巧みに語られている。
原作の通りで、実にスムーズでわかりやすい。

長崎の悦子は第一子の景子を゙妊娠しているが、ふらりと義父が訪ねてくる。
義父と夫の仲は今ひとつだが、映画ではその理由が明かされる、
と共に、夫の、あまりよろしくない性格が見て取れる。
特に原作には無い、キュウリの漬物の演出が秀逸だと思った。

ところで、団地から見える川辺りのバラックに、派手な女性佐知子が
一人娘の万里子と住んでいて、悦子は親しくなって行く。
3人で行動する様子が、ちょっと不穏な感じ。
必要以上に華やかな佐知子とボロをまとった問題児の万里子。

そして、原作では、なぜ妊婦の悦子が足元の良くない所へやたら外出を繰り返すのか等々
ずっと疑問だったのだが、映画では最後の方で
真相が明かされる。

なるほど〜!!とスッキリと伏線回収したところで、終わる。
ただし、この種明かしは原作には無い。

先に原作を読んでいて本当に良かった。
文学を映像で表現する、お手本のような素晴らしい作品だった。

なお、この映画の批評を゙いくつか読んでみたが
原作を読まないで批評する者の多さに驚愕した。
カズオ·イシグロがプロデューサーに名を連ねているのに
どうして原作を゙無視して語れるのか?
別に原書でなくても、邦訳で良いから
読んでから語るべきだと、私は思うのだけれど。
そういう映画だと思えて仕方ない。
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