mixiユーザー(id:163513)

2017年12月24日22:01

458 view

瀬々敬久監督『最低。』

 
【瀬々敬久監督『最低。』】
 
音楽的な類推でいえば、時制シャッフルにより過激な語りをくりかえしていたころの瀬々敬久の映画は、前衛的なコラージュ音楽のようだともいえた。この系列は時制間に矛盾の出る『トーキョー×エロティカ』でひとつの頂点を迎える。そのあとは多元的な楽章の細部に、他の楽章との連絡項をもつ、複数的ではあっても調性のとれた交響楽のような映画へと移る。その頂点がいわずとしれた『ヘヴンズストーリー』だ。映画『最低。』は『ヘヴンズストーリー』系列に入るだろう。
 
見事な文体と評判のAV女優・紗倉まなによる、四人のAV女優を主体にした連作短篇を、瀬々と脚本の小川智子(風間志織監督『火星のカノン』など)は、ひとつの時間軸へ融合し、三人の女性の描写が交互してゆく一大並行モンタージュ形式に変えた。ほとんど全篇が並行モンタージュ。時間の分割という点では時制シャッフルと同様だが、いわばべつべつの三人のかなしみがひとつに交響してゆく音楽性=調性に演出の眼目がある。
 
子供づくりさえも眼中にない何事にも無関心な夫(忍成修吾)に活を入れるためなのか実直な普段の生活からはかんがえられないAV出演を決意する34歳の主婦・美穂(森口彩乃)。家庭にうちとけず釧路から専門学校に入るため上京したが、なんとなく始めたAV女優の仕事が人気を得て、仕事がつづいている彩乃(佐々木心音)。奔放な母親(高岡早紀)に放置され、祖母(根岸季衣)に育てられ絵画の才能で自立を志しながら、帰郷したその母親が元AV女優だったという周囲の暴露に傷つく港町の女子高生・あやこ(山田愛奈)。
 
三者が一堂に会するシーンはないが、森口と佐々木は、AVのマネージャーとして斉藤陽一郎を共有し、オーディション(契約)に来て所在なくビルの窓から眼下の都内を遠望する森口に、そこからの高層ビルの眺めは(釧路)湿原の枯れ木の林立と似ているとある女優がいったと、佐々木の話をする。作中、あやこの父親はずっと判明していなかったが、彼女が森口の父親の死の床に訪れ、それで森口とその姉(江口のりこ)と父親を共有していたとわかる。これらが原作にあるエピソードなのかは詳らかにしない。通夜準備に疲れた森口と、半分血がつながり、それでも出会ったばかりの山田が、並んで縁先の廊下に仰臥するうつくしいくだりがあって、それが広瀬すずを組み入れた是枝裕和『海街ダイアリー』の一局面をおもわせる。時間=人物の分割が二次的な交響性を導くという点では、作品はAVを素材にしていてもたとえば川端康成『古都』の古典性などを想起させる。森口彩乃は『東京暮色』の田中絹代をふくんでいる。佐々木靖之撮影の画面はやわらかく、それじたいが女性的だ。
 
主要三者では森口彩乃の役柄がおもしろいとおもった(佐々木心音とつきあいだすようになる森岡龍の、輪廻をもとにした「人間何回目」の話も瀬々的でおもしろいが)。彼女は意識混濁状態で入院する父親の面倒を姉・江口のりこと交代でみていて、自堕落な江口は、清潔で実直な森口を崇敬している。ところが実際の家庭では、もうすぐ自分は35歳を迎える、だから子づくりを、と夫・忍成修吾にせがむが、夫は多忙を根拠に真率なことばを返さない。その夫が自分の知らぬ間に、ひそかにAV視聴をしているのに気づいている(忍成のオナニスト傾向は作品のクライマックスにも念押しされる)。それらの意趣返しというのだろうか、オナニストのネタへと自らを頽落させようというのだろうか、彼女はそれで風情からは大きな落差のあるAV出演を決意するのだ。
 
三人の主役女性たちは、それぞれの受難を迎える。学校で母親が元・AV女優だと暴露された山田。AV撮影中に意識を失った佐々木。それよりもさらに高い悲劇性をもったのが森口で、彼女は初めてのAV出演中になんと父親の死を遠隔地で迎えるのだ。姉の江口が泣きながら父親の亡骸にとりすがっている。その姉らと一泊の旅行をすると、森口は忍成に偽っていた。翌日分も撮影はのこしていたが、ほぼ必要な撮影を終えていたので、深夜、森口は実家へとタクシーを飛ばす。このとき嘘が露見していたはずなのに、なぜかだれも、どこへ行っていたのかを訊ねない。通夜準備が前夜分をほぼ終了した段階で、森口は荷物をとりにゆくのに同行してほしいと夫に頼む。それで家に帰った直後、唐突に交接を所望する。面食らう夫に反駁の余地をあたえない。オナニー姿をみせてくれ、という夫の依頼にもこたえる。それでからだを交わしおえたのち、彼女は自分が今日、AVに出演していたと告白する。意外性の連鎖する成り行きだ。
 
この流れにある「心理」とはなんだろうか。脱出願望と自罰の葛藤だとおもう。自分にたいするなつかしさをうしなう危機にたいし、罪を自身にぬりつけることで、なつかしさをあやうく確保するような営み。いっけん自己保持の危機にあえいでいるかにみえた森口は、危機定着によって自分の崇高化さえおこなっているのではないか。それがほかのヒロインたち――佐々木心音と山田愛奈にも「分流」する。気づきにくいが、それが基本的には静謐な映画『最低。』のしるす大きな運動だとおもえた。
 
森口彩乃のルックスが印象的だ。憂いをふくんだ美貌で、とても34歳という役柄にはみえないが、裸を露出するシーンでは年齢の翳りも窺える。その意味では中間的なヒロインだ。黒髪に苦労の重さがあり、しかも黒が似合う。裸でいるときよりも、前述したように、血の半分つながった山田と縁先の廊下で並んで仰臥するときの、黒いセーターの胸のふくらみに魅了される。中間的ということは、本質的に、なにをかんがえているかの明示がないということでもある。父親の見舞い、AV出演、通夜への準備、夫への誘惑、それら多くの場面で彼女は「戸惑い」と「決断」を攪拌し、身体と心情の中間状態をつくりあげる。それは奥行きであり、観客の関与を阻み、なにか高尚な空気感を揺曳させている。それでこそ「AVに出ることがどんなことか」が謎化されるといっていい。
 
一般論でいえば、DVDからネットへの拡散によって、AV出演はモデルにとって単発化し、その出演料もダンピング、盛期の一作100万円から10万円ていどに低落したといわれている。目先のカネほしさならともかく、貧困打開のための逆転打にAV出演はならない。それを前提にしてか、出演をつうじて純粋な性的快楽を得、自己危機を打開するとか、最もうつくしい時期の自分を、最も人間的な映像でのこすためだとかいろいろ弥縫もいわれる。それらにつき、映画『最低。』は、前言したように、罪を自分に刻印することで自分を逆転的に清潔化する動機を、AV出演におもいえがいているのではないか。その凛とはりつめた感触が、何よりも通夜当日の午前、自分と半分血がつながり、父親の絵の趣味を着実に継いでいる妹・山田愛奈を実家に迎えた森口彩乃の態度に現れている。最も心情理解のむずかしい部分に、ほんとうの心情が伏在している――それが映画『最低。』の構造だ。つまりAV出演は「最低。」であって「最低。」ではないことになる。その意味的交響性が紗倉まなの原作から得られたのかどうか、確認しなくてはならないだろう。
 
――角川シネマ新宿、池袋シネマ・ロサなどで公開中。札幌はディノスシネマズ札幌で来年1月6日に公開。
 
1 3

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2017年12月>
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31