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2017年09月09日22:01

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ハリーの災難

 
ヤボ用で研究室待機のなか読んだ松本圭二の小説が異様に面白かった。松本圭二セレクション第8巻で3篇収録。『さらばボヘミアン』も『タランチュラ』も絶品だったが、より自己現実要素から虚構へと傾斜した最後の『ハリーの災難』が、その分類不能性によって突出している。複雑な構成。なんの解決もない物語。主役も「現実的沈滞」「不穏」「過去の傷痕」というしかない。蛇を喰った祟りの青臭さがフィルムのいきもの性と連絡し、そこに大量の蝦蛄が降臨する。こうしるすと意味不明だろうが、そのような大和屋竺的なアレゴリーの衝突が作品のいのちなのだ。題名からはヒッチコックの引用をおもうかもしれないが、主人公の名が梁井(ハリイ)だという脱力的駄洒落。むろん「女難」描写は連続する。「地震小説」の傍流でもある。破格の進展のなか入れ子状態で地獄が口を開く。関東大震災のまえ女にして映画館の映写技師を目指した「お七」の物語。その情感と怪奇と犯罪性が出鱈目だ。冥府のなかから発掘された溝口健二の無声映画じゃなかろうかと錯視したほどだ。速読をうながす軽い小説文体なのだが、ラスト、松本圭二らしい「詩」的修辞が少量ながらも暴力的に混入してくる。拍手喝采となった。「すばる」2012年6月号初出。松本圭二を詩人とさだめ、これまで未読だったのが恥しい。映画性と詩が小説によって生きられている。蓮實さんの『伯爵夫人』はこれに対抗したんじゃないか。
 
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