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2016年01月16日12:41

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平凡

 
北海道新聞本日夕刊の連載「サブカルの海泳ぐ」では、映画とTVドラマの混淆する場所を考察しています。具体的には正月に放送されたドラマ――『女性作家ミステリーズ』『夏目家どろぼう綺談』、それに去年11月に放送された『世にも奇妙な物語・映画監督編』を串刺しにして、とりあげました。
 
このところ、画面の「金力」を誇らない、人間主義的な映像がつくられるためには、映像発想も「筋」と「俳優主義」で行くしかない、とおもっているのですが、そうなるとTVドラマ的な知略と映画的な叡智に相互還流が必要なのではないかと条件づけしたりもします。
 
ご存じのようにTVドラマの撮影は、スタジオシステム時代のプログラムピクチャーのようにシステマティックです。プロデューサー主導、シナリオ第一主義、スイッチング編集による予算管理徹底型の早撮り、ポストプロダクションの分離が主軸ですが、とりわけ俳優主義がドラマ価値を倍増させている例が多々見受けられます。たとえば複数台のうちの一台のカメラが、演技力に魅入られたように俳優ひとりを見つめつづける流れが突然生まれたりもする。『最高の離婚』での尾野真千子や真木よう子への長回しに、息を呑んだひとも多いでしょう。
 
『女性作家ミステリーズ』は3話オムニバスで、当代きっての女性作家三人の短篇ミステリーを、それぞれバリバリの映画監督三人が演出してゆく構成でした。湊かなえと深川栄洋の第一話、三浦しをんと廣木隆一の第二話、角田光代と瀬々敬久の第三話――それぞれ見どころがありました。
 
廣木版の第二話「炎」では、美形で鳴らした男子同級生が衆目のテニスコートで焼身自殺を遂げ、経緯になにがあったのかをJKに扮した門脇麦と土屋太鳳がさぐる初期展開となりますが、さすがに廣木だけあって校舎内の廊下、教室の窓側、屋上などが理想的なポジションで撮られていました。なぜかバス停に停車しないバスにふたりが乗っているときも2バリエーションで理想的な座り位置をくりひろげ、車窓の流れがスクリーンプロセスではないかとふと錯覚をおぼえさせるあたり、「映画性」があふれこぼれていました。

とりわけ注目したのが瀬々敬久版の第三話「平凡」でした。大月から富士急ハイランドまで伸びる山梨ローカルの私鉄、富士急行の下吉田近辺をロケ地に使用しているのですが、線路際の旅相、さびれている商店街の景観など瀬々ごのみの風景のなか、喫茶店での対峙、クルマでの同乗、地上の同道などで、鈴木京香、寺島しのぶ二女優の演技衝突(とはいえ衝突といっても、しずかな腹芸がくりかえされる)をていねいにとらえる。瀬々映画にはこれまでこのような展開がありませんでした。
 
いっけん重要でないようにみえる鈴木の夫役に、キャストバリューのある寺脇康文が配剤されている罠=伏線がみごとに消化され、瀬々映画には例のなかった大技の子役シーンが挿入されてもいました。つまり抑制と大胆さが、「ふつうにありがちな作劇」のうちに共存していたのです。
 
瀬々監督が登用されているのですから、現場はTVドラマ的な体制のうえに、映画性を発揮できる柔軟さがあったのだとおもいます。つまり現場そのものが「共存的」だった。このことが画面展開にやわらかい撓みをつくっていて、それを汲みあげることがうれしかった。
 
売れっ子の料理研究家にふんする寺島しのぶには、表面の幸福な印象に反して呪いがわだかまり、やがてあきらかになる第二の呪いは、JK時代に親友だった鈴木京香へ向けられていたとわかります。その呪いの磁力圏のなかに、飄々と無頓着でいられる寺脇の風合い、その余白性がこのドラマの焦点でもありました。
 
原作から持ち寄られた結末が素晴らしい。寺島の呪文は「平凡であれ」と「悪意をもって」念じるものだったと寺島自身が鈴木に述懐するのですが、寺島は自分のおもったことばじたいから反撃をうける。その呪文は、相手の幸福をおもう祈念ともひとしい逆説をもっていたのでした。希望と絶望の、魯迅的な分離不能に似ています。この逆説が提示される大人っぽいエンディングは、犯罪や生死の、一回ごとの展開に明け暮れるTVの帯ドラマでは体験できないものでした。
 
きょうの夕刊でしるされているコラムのその他の内容については紹介を省略しますが、長年の瀬々敬久ファンとしてはこの「平凡」に顕れていた瀬々演出のゆたかな撓みに今後も期待せざるをえません。彼は今年、映画版「64」前篇後篇で、大評判をとったおなじ横山秀夫原作のNHKドラマと対決しなければならないし、来年以降の公開に向け、出資者・出演者をつのりだした『菊とギロチン』の企画を公表したばかりだからです。地方の女相撲の力士たちをえがく群像劇だそう。映画のとりにくい現状のなかでよく頑張っているなあ、とおもいます。
 
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