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2016年07月21日08:33

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ナタリー・ドーン

 
昨日はYouTubeサーフィンをしてしまった。はじめはポール・サイモンの「スティル・クレイジー・アフター・オール・ジーズ・イヤーズ」の実況をスマホでみていたのだが、関連リストにナタリー・ドーンという少女っぽいひとのカバーがあがっていて、それをクリックしたら、一挙に彼女のとりこになり、YouTubeにあがっている彼女の全曲を閲覧してしまった。
 
まず、エロキューションが良い。フランス語なまりなのだろうか、どこかがたどたどしい。80年代、イギリスのインディレーベルに「プレシャス・ラヴ」とか「スリル・イズ・ゴーン」とかをヘタウマに唄う歌姫(名前がおもいだせない)がいたが、その彼女に似ている。ただしときに歌唱力は爆発的にふくらむ。得体の知れないかんじなのに、顔はアメリカ娘の平均的なうつくしさをかたどっている。画像をみると、からだがすこしエロい。のびのびしている。
 
楽器は、ギターのほか、鍵盤、ベース、それからそこらのものを叩いてドラムがわりの音をだしたりもする。たとえば「スティル・クレイジー・アフター・オール・ジーズ・イヤーズ」のコード進行はジャジーでむずかしいのだが、それもたどたどしい指づかいながら、弾きこなす。複雑さが複雑につたわってくるとき、なぜか少女性へのいとおしさが発露しだす。くわえてナタリー・ドーンの弾き語りギターは、すこしマーク・リボーをおもわせる。音を響かせきらないのだ。
 
それにしても、ポール・サイモンのみならず、クイーン、ビリー・ジョエルなどの有名曲を、フォーキーな範囲に縮減し、独自性を帯びてカバーしてしまう発想力が只事ではない。偏差値のたかいのがすぐわかる。原曲から粉飾をとりはらい、単元性によってべつのかがやきをあたえているのだ。そのときにこそ、たどたどしい歌唱のすばらしさがフックになる。しかもフォーキーなもののみならず、フォーク・ラップとでもよべそうなリズミカルなオリジナル曲を愉しげに唄ったりもする。底知れない。すべての画像でリラックスし、かつ素人的な新鮮さをうしなわない。淑女的なのにガーリーなのだ。
 
幾人かの女性ミュージシャンとの個別コラボもある。相手に導かれてハモると意外な声量を発揮、しかもピッチが精確だ。女性性へのこうした親和が、どこかで彼女を内部的でたかい存在にみせる。YouTubeの映像はすべて室内。室内楽ということばがあるが、それは室内で奏でられる音楽ではなく、室内そのものがつくりあげる音楽だと、ナタリー・ドーンが訴えているようにみえる。
 
ナタリー・ドーンはまずYouTubeのみを自分の音楽の発表媒体にして、そこから広範な人気を獲得したらしい。ここ5年のことだ。映像形式はさまざま。フィックスで演奏&歌唱をとらえるものから、多重録音の過程を編集して、その編集がミュージックビデオ的な文脈に乗るものまである。どれもに手作り感があり、複雑なスイッチング編集や、セットと照明に凝る美術的なものはない。手持ちの室内が活用されるだけで、その場のひかりがやわらかく画面に反映している。
 
手作り → フォーキー → シンプル&一見のヘタウマ → 女性性の複合→ やさしさ&自体性。そうラインをのばしてみると、ナタリー・ドーンの戦略の勝利をかんじる。日本的でない、ナチュラルな少女性への、崇敬と驚愕とやわらかさ。アメリカ美学の新形式がそのYouTubeにはつまっていて、ひたすら感動した。ぼくが疎いだけで、もうすでに有名なのだろうか。
 
結論。ナタリー・ドーンの最もシンプルなYouTube映像は、前言したように、たったひとり演奏し唄う自分に固定カメラを据え置く、自写像型だ。そこでは、商業的に了解されるだろう「自己イメージ」を超えた、真の女性性の遊戯的な数分間が自然体で写っている。音楽性もたかい。緊張感もある。この自然体が、「野心」や「努力」や「底上げ」よりもつねに優雅だということ、それがナタリー・ドーンの批評であり、主題だろう。そうおもわす表情変化や姿態変化、うごきが、天性のものとして彼女には備わっていて、それさえ写ればYouTube映像がミニマルな状態のまま成立してしまうのだ。
 
ゴテゴテと粉飾された重みも、過剰に強調されたカッティングリズムも、MTV作家の芸術意識も存在しない彼女の映像、その中心にただよっているのは透明性だ。透明性――それは映像の性質であるにとどまらず、聡明さと接する女性性の感触をも指標している。これをもって彼女は「音楽における」YouTubeアーティストたる資格を得たのだった。音楽資本と代理店と映像作家が跋扈するか、素人のつつましさとインディシーンがむすびつくだけの日本にはない進展的事態だろう。
 
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