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2015年05月21日12:14

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ビリギャル

 
「実話」をもとに映画化された作品がひどく嘘臭かったら、どんな態度をとればいいのだろう。「現実」が生起する感触をおもいだし、これは「実話の殻をかぶった嘘だ」と断定、「でも実話だから」という作品側からの弁解などすべて遮断してゆけばよいのだ。じっさい『フラガール』『抱きしめたい』などにたいしすべてそういう態度で臨んできた。
 
おもいだすのは、カフカが弟子のヤノーホに語った、「真にリアルなものはリアリスティックではない」ということば。むろんこれは逆元がとれる。虚構であることがあきらかなのに、それでもリアルなものこそが「表現」だということだ。「実話」売りの嘘臭い作品は、リアルでないのにリアリスティックと主唱する、設計上のひとつの錯誤にすぎない。
 
かんがえつくされたフレーミング、蠱惑的なカッティング、人物をそれ以外に変える照明、いずれもどこにも見当たらない映画『ビリギャル』は、とりあえず撮影上の映画の叡智すべてをその弛緩状態のなかに見失っている。一刻一刻が中庸で個性化のしるしがない。観客心理の音楽的な増幅に自らの組成を賭けただけの「感覚への政治」が気味わるく通貫している。
 
有村架純はたしかにかわいいが、物語効果をたかめるだけの作為が連続するので、有村のからだを物語のなかに有機的に定位できない。凝り固まったように男系重視だった父・田中哲司が、母・吉田羊からの説明という伏線があったにせよ、たとえば雪のなかにクルマが埋まり困惑している老夫婦を、有村を試験会場へはこぶ渦中で手助けするときのディテールのくずれはなんだろう。これが「実話」だろうか。
 
ハードワークという身体的な自己犠牲を払いながら、しかも子どもたちに何も強要しない吉田羊の崇高、これも「実話」だろうか。こんな母親はいないとおもう。スポーツ私立校に野球入学して挫折、不良化する弟もいる。それがヒロイン有村の慶應入学への夢をふたたびかためる、反転のための都合のよいバネになるのだが、これも「実話」だろうか。けれども原作本を当ってみる気はしない。
 
高2にして「聖徳太子」を「せいとくたこ」とヒロインに読ませるなどは映画的デフォルメと受け流してもいいだろう。ただし慶應文学部に合格するため、偏差値30の女子が「英語」「小論文」「日本史」に特定し、徹夜の猛勉強をはじめ、学校の全授業を寝てとおす「受験機械」となるディテールをみて、その人格形成のいびつさに嘘寒くなる。いくら伊藤淳史が世界へのひろい視野を示唆していたとしても、画面に起こっている現実はすべて目的論的に特殊化されている。
 
もともと父・田中哲司への反発、教師・安田顕への反発、母親・吉田羊への恩義、さらに塾教師・伊藤淳史への尊敬など、他律的な動機から慶應合格を目指しはじめたこの「ビリギャル」に、自己形成の内在的なよろこびがあるようには到底みえない。たとえば良書にとつぜんふれる偶然のひろがりだってすべて閑却されている。つまり近視眼的な狭窄だけがあるのだが、それがバカの剽軽さで希釈されているのだった。この構造は詐術的でヤバい。
 
演出の最たる無策は、受験に必要な労力、教養の蓄積を、自宅階段脇の英単語メモ貼り紙や、模試判定結果などすべて「紙」に還元してしまった点だろう。かんがえる表情、なにかを得てよろこびにいたる表情などは約束事のようにしか出てこない。説話的に無駄がないと褒めることはできない。この手の題材なら、描写の無駄こそがたぶんリアルなのだから。この映画でひとは寓話的なうごきをしない。
 
伊藤が手渡した「合格」缶コーヒーを試験会場で呑むと有村がいい、その缶コーヒーで有村が下痢をするだろうという予想が「まんまと」的中してしまうとき、「実話」のもつ現実性を「いまみている」ドラマのどの層に見いだせばいいのだろう。近大合格、慶應文学部不合格と結果のながれがかさねられて、最後にのこった慶應総合政策学部の合否結果がパソコンで確認されるその瞬間に、合格判定に接した歓喜の叫びが即座に現象せず、観客心理を操縦するためだけに「いったん」秘されてゆくくだりの、叙述への加工性、これが「実話」なのだろうか。
 
欠点をあげつらってゆけばキリがない。娯楽性という粉飾をまとい、観客のリテラシーをひくく設定する映画の驕慢に鑑賞中ずっと鼻白んでいた。もちろん映画が娯楽性を実現するためには最深の叡智がひつようだが、それが不在だったのだ。予定調和の物語に乗ったディテールのすべてがうすく、この映画の監督を映画作家とよぶことはあいかわらずできない。
  
有村をふくめた女子高生たちの名古屋弁とギャル語の混淆だけが耳におもしろかった。エンドロールをみると、方言指導者にギャル名があった。
 
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