●「夢も定かに」 澤田瞳子著 中央公論新社 13年版 1500円
時は神亀2年（725）、京の後宮でのこと。主人公の若子（18）は、采女（地方豪族の娘で、下級女官）として後宮に勤務することとなった。妹が采女となる予定だったのに、妹が近くの豪族の次男の子を孕んだため、若子にお鉢が回ったのだ。そのため、普通の采女よる出仕が遅い年齢となった。
本書では、この若子と同室となる笠女（19）と春世（17）の3人が、後宮での権力争いをかいくぐって、いかに生き抜いていったか、の2年間の物語。
笠女は男勝りで、遥かなる高み（後宮での最高位）に上がろうとする野心家。後宮こそが自分の生きる場所だと頑張っている。女の幸せなどというものを、考えもしていない。頭脳明晰の策略家で、書籍や文房具類を官吏する書司（ふみつかさ）勤務。
春世は、すでに藤原麻呂（藤原4兄弟の4男）と愛人関係になり浜足を産んでいる。愛らしい外見から、言い寄る男は後を絶たない。春世は常に身構え、女であるがゆえの不幸（浜足は、男子のいない麻呂の家にとられている）を女の武器で撥ね飛ばそうとし、女としての幸せを得んとしている。
さて、後宮での権力争いである。後宮の勢力を2分するのは、�‘８�4兄弟の妹である安宿媛（後の聖武天皇の皇后）と、��長屋王を筆頭とする皇族勢力の後見を受けた広刀自（聖武の妃）である。それぞれ、�〆Ｇ�10歳になる阿倍（後の孝謙天皇）、��11歳と9歳になる井上・不破姉妹がいる。
女官たちは、なるべく妃たちの争いからは目を背けるようにしている。それが、権力争いに巻き込まれぬための処世術だったからだ。ということで、本書では、後宮内の争いに端を発し、政権を揺るがす対立（長屋王と藤原4兄弟の）に翻弄される采女たちの奮闘が描かれるのだ。
第5話「藤影の猫」では、井上王女の鶯が猫に殺される。後宮で猫を飼っているのは阿倍王女だけで、ここで井上付きの女官と阿倍付きの女官のいがみ合いが激化する。それは政権の表舞台にも広がり、藤原麻呂の従者と長屋王の従者が路上で喧嘩となり、とばっちりで長屋王が怪我するまでとなった。
この猫騒動を解決しなければ政権運営に差し障ると、走り回ることとなったのが藤原4兄弟の次男・房前であった。実は、鶯を井上に献上したのは房前であったのだ。それは、敗者（長屋王と広刀自）を慰撫するための房前の配慮からだった。こうして房前は、阿倍王女の猫を処分しようとするが、猫は後宮の軒下で4匹の子猫を産んでいた。
この猫探しに駆り出されたのが若子で、この時の房前の采配に感心した若子は房前の愛人になってしまう。一方、春世は浜足を取り戻すには麻呂より高い立場の女になればいいと、聖武（26）に目をつける。あれこれ策略を巡らすが、ことごとく失敗してしまうのだ。笠女も自分の能力を認めてもらおうと仕事に励むが、その能力が高いがゆえに「男の仕事を取られてしまう」と、かえって疎外されてしまう。
そんな華やかな後宮のただ中で、若子たちは夢も定かに見られぬ身だからこそなお、自分たち各々の生き方を全うするため、足掻き続けずにはおれぬのであった。いつか、夢を摑むその時まで・・・。
まだ10代の娘たち3人の、ピャキキャピした姿が目に浮かぶような小説で、楽しく読むことができました。
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