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2023年01月19日13:13

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読書紹介2260●「落花」

●「落花」 澤田瞳子著 中央公論新社 19年版 1700円
 本書のテーマは、平安時代の音楽。主人公の寛朝は当今(とうぎん・現在の天皇)の従兄である。父の敦実親王は、長子たる寛朝を厭い幼少時に仁和寺(祖父が天皇の時に創建)に遣った。その父は、天下一の管絃者として名高く、父の屋敷には、日夜、多くの公卿がその教えを受けるべく詰めかけたが、寛朝はたった1人、部屋にいるよう命じられ、音楽に触れることを極端に嫌われた。
 寛朝はそんな父を見返さんと、父が不得意な梵唄(ぼんばい・声明のこと)を修めた。仁和寺では内典外典の学問はもちろん、詩歌管絃に歌、果ては蹴鞠・囲碁と遊戯まで手ほどきされる中、寛朝がもっとも得意としたのが、経典の読誦法の1つである、梵唄であったのだ。
 更に梵唄を極めようと、京で朗詠の名手と讃えられ「至誠の声」の持ち主である心慶に学ぶことを決意。しかし心慶は京を離れ、今は坂東の地にいるという。ということで、皆の反対を押し切って坂東の地に向かった寛朝であった。その従者として、父の下人である千歳がついて来た。千歳には、ある目的があるようであった。
 こうして、坂東の地(相模・武蔵・安房・上総・下総・上野・下野・常陸)にやってくるのだが、早々に「将門の乱」に巻き込まれる。諸国の情勢と300年前に作られた律令との間には、今や歴然たる矛盾が生じていた。その齟齬が坂東の混沌をもたらしていた。戦いによって身を守る将門の如き者たちは、古き法の支配を破って生まれ出た、新たなる世の落とし子なのかもしれない。
 命と命が争い合う坂東の地で、皇統に連なるとはいえ、将門(桓武帝の第5世)は地方豪族の1人に過ぎない。それが坂東8か国を征圧した上、新皇を名乗るようになるのである。寛朝はそんな将門に、乱の前に逢いその純真な精神に惚れこむのであった。
 寛朝は常陸にいた心慶に巡り会うが、頑なに無視される。そればかりか、心慶は寛朝を見ると逃げ出す始末であった。又、心慶が持っていた琵琶の名器(天下に10個ある名器の1つ)は、香取の海の傀儡女船の盲目の傀儡女・あやこに無造作に与えられていた。傀儡女たちは、心慶から楽器の扱いや朗詠の手ほどきを受け、その芸によって客に喜ばれていた。
 がっかりした寛朝は、心慶のもとを離れ下総の寺に入った。そこは、下総の豪族である将門の本拠地の近くだった。やがて、寛朝は将門の戦いを真近に見ることに。そこには血筋も官位も、冷たい刃と猛々しい血の前にはなんの意味もないことを思い知らされる。
 坂東を支配するものは、ただ混沌たる争いのみなのだ。つい先ほどまで鳴り響いていた荒ぶる男たちの喊声、弓箭の高鳴り、馬の嘶きの中に「坂東の至誠の声」を寛朝は確かに聞いた、と思ったのであった。将門の乱に巻き込まれた寛朝の運命は・・・、という小説。
 本書では、梵唄や音楽のこと、「楽は天地の和、礼は天地の序」と思われていた平安時代の音楽に対する考え方が描かれていて、考えさせられた本でありました。

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