●「墓仕舞い」 荒川�沙卉� 本の泉社 20年版 2600円
本書の著者は、わたしと同年である。本書では、母・ヨシ江とその娘たちとの関係を、30年間にわたって書き続けた短編９編でなっている。小説だから、違う内容の短編が収められていると思っていたのに、本書は、次女の映子の立場から、母・ヨシ江の40代、50代、60代、70代、80代、90代そして百歳で亡くなるまでを一貫して描いた本であった。映子とは、著者と等身大の人物である。
著者と同年のわたしには、書かれている時代背景が手に取るようにわかり、感慨深く読むことができた。新潟の豪雪地帯で生まれた映子は、小学６年の時に父を亡くす。母は40代であった。３つ違いの姉・律子は、高校を卒業し上京。勤め先の和菓子屋の先輩と20歳で結婚。その後、映子も高校を出て上京した。
一人で豪雪地帯に暮らす母を心配した律子は、始めての子が産まれた機会に、50歳のヨシ江を引き取った。映子は、親を見なくてはならないという義務感もなく、独身だからという理由だけで、血族との煩雑な付きあいをすべて姉に押しつけて生きてきた。これには、多少の後ろめたさがあったのだ。これが、映子の立ち位置である。
映子の気持ちは、わたしにもよくわかる。わたしも同じで、60代で亡くなった母と80歳で亡くなった父の面倒を姉ひとりに見てもらっていた。姉は、そんなわたしを一度も詰ったことがない。それは律子も同じで、長女であるということ、独身である妹はあてにできないという意識が、律子に義務やしがらみを一手に引き受けさせていた。
一方ヨシ江は、独立して和菓子屋を経営する娘夫婦に代わって、孫２人の面倒と家事を一手に引き受けてきた。当初は、早くに実母を亡くした娘婿もヨシ江を喜んで迎えたが、20年の歳月のなかで関係が悪化。70代になったヨシ江の動作（テレビを点けっぱなしたり、トイレの水を流さなかったり）に嫌悪の表情を露わにしたのだ。
突発的に家出をしたヨシ江であったが、「自分には行き場がないのだから、何をいわれても黙って暮らすしかない」と、娘夫婦の元に戻るのだ。ヨシ江は夫を亡くした後、行商をやりながら自分の力で生計を立てていた。それで、娘２人を高校を卒業させたのだ。この頃のヨシ江は、自分の意見を持っていた。ヨシ江にとって、貧乏ではあったがその頃が一番幸せな時であった。それが、律子夫婦と暮らし始めてからは自己主張をすることがなくなったのだ。
母と夫の間に入って、律子は「どう波風を立てないで暮らすか」と神経を使ってきた。それを映子に、「どんなに大変なことか、一緒に生活していないあんたにはわからないよ」とこぼすのだ。やがて90代になったヨシ江を抱えた律子は、長い間の内にため込んだストレスが、激痛という形をとって身体に現れ、悲鳴をあげた。
60歳で結婚していた映子は、母を老人ホームに入れるため、まだら認知症の母に嘘をつきつつ老人ホームに入居させることに。そんな折り、新潟で父の墓を守っていてくれた本家の従兄弟から「墓仕舞い」の話しがもたらされる・・・。という物語。
著者は、本書のなかで「人間とはなんと切ない存在なのだろう」という。「誰もそれぞれの形で温かく、誰もそれぞれの形で優しく、誰もそれぞれの形で思いやりがあるのに、微妙にずれてくる。それが切ない」というのだ。「本当にそうだ」と、しみじみ感じ入った本でありました。
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