●「芙蓉の干城(ふようのたて)」 松井今朝子著 集英社 18年版 1650円
昭和8年の木挽座(歌舞伎の劇場)で、右翼結社の大幹部・小見山と愛人の芸妓・照世美が殺された。本書は、大学講師で歌舞伎の脚本も書く桜木治郎を主人公に、殺人事件の謎解きと、昭和8年の日本の状況が描かれる。
日本は、満州国を立ち上げたことで各国とギクシャクし、国際連盟を脱退していた。国内では、青年将校の決起によって政治家が暗殺される。その軍人の活動資金を、右翼結社が提供していたが、それは軍人の動きを誘導し、株操作などで大儲けして得たものであったが、当の若手軍人たちには知るよしもなかった。
殺された小見山は、右翼結社・征西会の番頭で、名古屋を拠点に大陸への密貿易(麻薬の)をして資金を集めていた人物であった。
ということで、歌舞伎の芸の細やかな描写。日本一の劇場に君臨し続ける歌舞伎役者の父と、若さを武器に斬新な感覚を突破口に、その偉大な養父を何とか乗り越えようとした息子の葛藤が、事件の背景にあったことが明らかにされていくのだ。
治郎の脇には、歌舞伎界に労働組合をつくって破門された男を恋人にもつ澪子(治郎の妻の従妹)と、その澪子の見合相手の陸軍二等主計・磯田が。磯田が、当時の軍部の動きと、青年将校のやむにやまれぬ心情を明らかにする役割を。
青年将校を支援すると称して、麻薬に手に染め人を食い物にする右翼やヤクザたちのグロテスクな姿が。やがて、思いもかけない人物の犯行が明らかに・・・。という物語。なお芙蓉とは、転じて阿芙蓉=阿片のことである。
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