●「白川静読本」 平凡社編 平凡社 10年版 1400円
本書は、白川静について47人の著名人が書いたモノを収録した本。それによって、白川静の業績の全体像が明らかにされている。
白川の甲骨文(20世紀半ばに発見)や金文の、数十年にわたる構造的解読によって、古代中国人の思惟が神話と宗教に満ち満ちていたこと。それが、文化人類学とは較べものにならない精緻さで甦った。中国人が、この解読にまだ手を出していない時のことだ。
漢字の起源を物語る神話(中国の)では、そのとき不吉なことが起きた。漢字の創設者(そうてつ)が漢字を作ると、天が穀物を雨のように降らし、鬼たちは夜に泣いた。文字という利器を手に入れてしまった人間は、知恵が進むであろう。それと同時に悪知恵も進化する。いずれは文書の偽造などといったペテンが横行することになる。あげくの果てに、人びとは農具を捨てて筆記用具を研くのに没頭する。本業の農耕をサボるから、人びとは食べ物に困窮する。だから天は、人類の末路を憐れんで、穀物を降らせた、という話。
白川は、紀元前1300年頃の殷(商)を中核とする宗教と祭祀儀礼、政治と制度、戦争と武器、社会と習慣、衣食住、さらには人間の意識に至るまでの全体像を克明に解き明かしたのである。それが、日本の万葉集時代の習俗とあまりにも似ていることに驚くばかりだ。白川が解読した時、はじめて正確に、殷周時代の文字が古代宗教文字であり、古代宗教的祭祀儀礼社会の姿とともに真の意義を現すことになる。
この漢字を、日本は国字にした(と白川は断言)。中国の周辺国は、漢字を中央の言葉(そのままで)として通用している。日本ではそうではなく、国字化したのだ。漢字は中国の文字であるばかりか、古代日本の国字となったのである。その意義は計り知れない。
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