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2023年07月06日06:15

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読書紹介2309●「本売る日々」

●「本売る日々」 青山文平著 文芸春秋 23年版 1700円
 江戸時代後期の文政年間(1818〜1831)の本売り、松月堂の平助が主人公。平助のお得意は、在(田舎)の名主である。平助の望みは、開板すること。しかしそれには、莫大な資金を要した。開板で有名なのは江戸の地本屋・蔦屋重三郎であるが、それを目標にしている訳ではない。ささやかでも、物之本(歴史書などの堅い書物)を扱う者としての矜持であった。
 それで、コツコツと在の名主を訪ね歩いているのだ。平助の大得意は、小曽根村の名主・惣兵衛だった。第1章「本売る日々」では、惣兵衛(71)が孫娘のような後妻(17)を迎えたという顛末が描かれる。
 ところで、本屋が届けるのは本だけではない。客が安心して本を語ることができる、いっときを届けるのだ。在では、本好きは孤立する。本を、蔵書を語りたいのに、語る相手がいない。蔵書が充実を深めるほどに孤立する。・・・本屋は最も確実な理解者なのだ。
 本書のメインは第3章「初めての開板」である。惣兵衛は、自分の村のことを「日本で1番」という。むろん、村高のことではなく、村の者たちが不安なく暮らせるということだ。それは、医家佐野家の3代目・淇一先生が居てくれて、4代目・淇平先生(長崎に留学中)が控えてくれているから、もう、安心し切っていられるということであった。
 惣兵衛の紹介で淇一先生を訪ねると、書斎に案内された。そこには、古今東西の医書が山のように積まれていた。それも、流派の違いを超えた医書たちだった。平助は呆然とする。淇一先生は医術の流派に関係なく、患者のためになるものであればなんでも取り上げるという、実践第1主義の人だったのだ。
 さらに、同じ病状や病気に対し異なる治療(同病異治)が行われたり、異なる病状や病気に対して同じ治療(異病同治)を行ったりする。そこに口訣が生まれると、「佐野淇一口訣書」(手書き)を見せてくれた。
 ということで、この口訣書を書斎から盗んで医家となった人物・西島晴順のことが、第3章では描かれていく。その人物は、平助と同じ界隈で営業していた。いつもびくびくしていて、人の目を見て話しができない人であった。その理由が、8年前に淇一先生を訪ねて口訣書を盗んだことにあったのだ。
 その晴順が、松月堂を訪ねて平助に「口訣書を返して欲しい」と頼んだのだ。「役に立ったのですか」と聞くと、「役に立った」と。その旨を淇一先生に伝えると、「口訣書は口伝でもなんでもない。患者の役に立つために書いたのだから、役立ててくれればそれでいい」と返されてしまう。平助は、「それならば本にしてもいいですか」と尋ねると、「是非、やってくれ」と許しを得るのだ。
 こうして、松月堂は開店10年目にしてようやく物之本「佐野淇一口訣書」を出版(板行)したのでありました。

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