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2013年06月13日15:25

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時代の中で(96)  殺人者の一族の物語

 マイケル・ギルモア「心臓を貫かれて」村上春樹訳、文芸春秋1996 を積読から引っ張り出して読んだ。連続殺人犯のドキュメントをブックオフで集めたことがあるのだが、結局、読む気力がなく処分するところを、これは村上春樹の訳で、彼の作品に影響を与えているはずなので読むことにしたのである。
 確かに、村上作には暴力行為が多いのであった。

 内容は、ソルトレイクシティで二人を殺して、1977年1月に処刑されたゲイリー・ギルモアの弟で音楽ライターのマイケルが、兄の殺人事件・処刑から20年近くたって、犯罪の動機に迫ろうとしたものである。
 すでに、処刑の直後1979年にノーマン・メイラーが「死刑執行人の歌」として、そのドキュメントを執筆していた。ところが、犯人の弟であり、また作家として同業者であり、当然インタヴューや情報提供を求められたにもかかわらず、その要請をはねつけていたのである。

 一家は父フランク・シニア、母ベッシーに、子供は兄弟4人で、フランク・ジュニア、ゲイリー(殺人犯)、ゲイレン(彼も不良少年で、家出した後トラブルがもとで早世した)、そして作者のマイケルである。
 この一族の物語は、両親の生い立ちから始まり、父の詐欺師稼業と家庭内暴力につづいて、10代から犯罪者になっていって、37歳で死ぬまで20年近くを刑務所に過ごしたゲイリー、ゲイレンの不良ぶり、なんとか一家を維持しようとした長兄フランクは家を去り、そして長期の服役を終えた兄が母の故郷ユタ州のソルトレイク・シティで行きがかりで二人を殺し、減刑が可能であったにもかかわらず、刑務所はもう嫌だとして自ら死刑を望む。
 その後母も死んで、作者は行方不明の兄マイケルを探し出し、兄の記憶をもとに一族の物語を再現したのである。

 母の一族はユタ州の敬虔なモルモン教徒であった。その娘のベッシーは宗教の束縛を嫌って家を出て、夫となるフランクと出会ったのである。
 モルモン教徒には、アメリカ入植の過程で異端として弾圧、抗争を経た血ぬられた歴史があった。さらに、自警団が作られていて、モルモン教徒からの異端者の血を大地に吸わせて神に謝罪すると言う儀式(生贄のようなものか)を実行していたと信じられていた。血の恐怖による支配である。

 母の一族にも暴力の影があるのだが、より問題なのは父の方である。両親は20歳位はなれているのであるが、父方の祖父はすでに死んでいて、占い師で霊媒の祖母フェイと、実に20年近く音信不通にしていた。結婚したとして、ふらりと戻っていったのである。
 その間父が何をしていたのか、正確なことは母も教えてもらっていない。一緒に暮らすこととなった祖母の知るところでは、何度も、数年おきに結婚と離婚を繰り返し、子どもも何人かいるはずとのことであった。その一人で義理の息子ロバートと母はあまり歳の差はなく、たびたび行方不明になる夫のかわりに頼りにしていたと言う。
 二番目の息子であるゲイリーが生まれた時に、ふらりと帰って来た夫は子供の名を、フェイ・ロバートと名付けた。自分の母の名と息子の名をくっつけたもので、ロバートとの間の不義の子供という意味である。当然、怒った母は、人気俳優ゲイリー・クーパーの名を取って改名させたのである。
 父フランクの仕事は詐欺師であり、広告料を集めては逃げ出すという手法で、一所に落ちついていられなかった。しかし、ある時、建築関係の法律や地域の規則を集めたハンドブックを作ればとひらめいたのが当たって、やっと、正業で家に落ち着くことができるようになった。
 しかし、家庭では妻に息子に、少しでも気に障ると、わけの分からないうちに暴力をふるうのが日常的であった。長兄のフランクはそれでも一家を守るために家に残っていたが、次兄ゲイリーは早くからぐれて、鑑別所、刑務所そしてとうとう長期刑と家にいることはなかった。三兄ゲイリンも不良少年となったが、父と衝突して家出してしまった。マイケルだけは父の暴力を免れ、むしろ父の心の支えとして頼られることになっていた。

 後に、作者は、なぜ母が離婚しなかったのか、結婚当初から暴力が始まっていたのにと問うのだが、母は他に行くところがなかったと言うばかりである。故郷では外れ者として嫌われていたのである。
 驚くべきことは、父の父は、有名な奇術師フーディニーなのだが、とうとう認知してくれなかったというのである。父は、捨てられたとしてぐれたのだという。しかし、この話は祖母の嘘だと、作者は推定している。
 だいたい、父と祖母は嘘が多い。そして、母さえも嘘があると作者は考えている。
 しかし、父は才人であった。ゲイリンが手品が上手で得意になって父にも見せたところ、父は目の前でプロ並みの腕前を見せて、この自分にさえプロになれなかったのにお前に出来るものかと、気持ちをくじいてしまった。それが、息子に接する時のパターンで、マイケルだけはその攻撃を免れたのである。
 祖母の一族は、芸能関係者で父も若い時はそこで鍛えられていたのであろう。ゲイリーも絵を描くのがうまかったし、作者も音楽関係のライターとしてプロになっていたのだから、一族の遺伝なのであろう。

 で、動機は何だったのか。たまりたまった憎しみ。これが、モルモンの血の処刑を再現させてしまったとしか考えられないのである。気に食わないと反発する。盗む。それは処罰として帰ってくる。一層の反発で、不良の域を超える。その悪循環で、憎悪を募らせていったに違いなかった。
 マイケル以外は父の母への暴力に、そして少し反抗的になると自分たちへの容赦のないというか歯止めの利かなくなる暴力にさらされていたのである。
 となれば、最大の要因は父なのだが。子供の時に暴力の恐怖が心にも体にも染みついてしまった。ある時点から、外に向かい快感に変わるのであろう。長兄フランクはそうはならなかったのだ。抑制の心が強かったのであろう。そして、ウィキによれば、フランクもマイケルも一族の血を絶やすために子供は作らなかったという。・・・一族殺し?
 ・・・ゲイリーの自殺のような処刑と通じるものがある。オセロの最後、「ベニス人に無礼を働いた奴をこういうふうに殺してやった」と大差ないような気がするのだが。

 最後に、作者はメイラーのドキュメントための叔母へのインタヴューのテープをもらって、驚くべきことを発見する。母と義理の息子ロバートとの間の子供は、ゲイリーではなく長兄フランクだというのだ。
 母はフランクに辛く当っていたと言う。それは、不義の証拠への負い目からだったのだ。そして、父は罪の子はゲイリーと疑って、一層強く当っていた。長兄と次兄は、両親のそれぞれから憎しみを受けていたのである。

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