mixiユーザー(id:34218852)

日記一覧

 居候三杯目にはそっと出し。スタジオ・ジブリ「借り暮らしのアリエッティ」2010 を昨夜のテレビでみた。さすがにジブリだけあって、映像が素晴らしい。小人の目と人間の目の双方で見ているからだが、細かいところまで、葉の一枚まできっちり描かれている。

続きを読む

 大江健三郎について、福田和也は「作家の値打ち」飛鳥新社2000で、強烈で異様なエゴの持ち主と評している。私もそう思うのだが、なぜそうなるのかを考えてみた。大江健三郎の「懐かしい年への手紙」講談社1987 は、作者の人生の師匠であるフランス文学者渡

続きを読む

 ブックオフで見つけた「一枚の絵」2005.2は「うちの猫隣の猫」だった。ここで評論家の川本三郎が、エッセイ「猫を美しいと見る目」を書いていて、歌川国芳の猫は可愛くないと言い、大仏次郎を引用して「日本人は長く猫を美しいと見る目をもたなかった」との

続きを読む

 犬童一心監督の「グーグーだって猫である」2008 を見た。原作は大島弓子の自伝的なエッセイ漫画で1996−2011年までの連載だったとのことである。大島弓子の漫画は見たことがない。だいたい少女漫画は苦手だったから。絵を見たとたん拒否反応が起きる。 し

続きを読む

 大江の小説の多くが故郷の愛媛県旧大瀬村を舞台としているのだが、そこで起きる事件は必ずしも大瀬村で起きたことではないようだ。ネットを渉猟してみると、「講演を引き受けた高校の校長から、当校は国旗国歌を認めているので、政治的発言は控えていただき

続きを読む

 大江健三郎「憂い顔の童子」講談社2009 を読んだ。この題名は憂い顔の騎士ドンキホーテを下敷きにしていることを示しているのだが、主題はモデルとなっている愛媛県旧大瀬村の事実関係と小説との乖離の問題のようである。 長江の母が言うには、古義人(大

続きを読む

 今の季節、犬の散歩で近所を歩くと、木や草が紫や赤い実をつけている。これまでは気に留めていなかったが、結構きれいなので少しとってきて花瓶に挿してみた。上に立っているのがヤブミョウガ(ツユクサ科)、左のうす紫で三角の葉がイシミカワ(タデ科)、

続きを読む

 自身の日常生活を描くのは私小説作家の常道である。なかでも子どもたちの成長を主題として平穏な日常を描いているのは庄野潤三であろう。それに対して、大江健三郎の「万延元年のフットボール」以降の小説は、危機をはらんだ日常と登場人物の間の議論を描い

続きを読む

 小説の主人公は作者から性格を与えられると、後は、作者から独立して行動するようになるそうである。作者の自由にならない。操り人形ではない。そうならなければ面白くならない。 ところがSF「闇の左手」や「ゲド戦記」の作者アーシュラ・ル・グウィンは

続きを読む

 村上春樹「東京奇譚集」新潮社2005 を読んだ。これは5つの短編が収められていて、長編のように奇想天外ではない。リアリズムで分かりやすい。 第1話は「偶然の旅人」で、著者は自分自身ではオカルトも超能力も虫の知らせもテレパシーも信じていないのだ

続きを読む

 村上春樹と河合隼雄の対談集「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」岩波書店1996 を読んだ。これは、村上春樹が何を、いかに考えているかを知るうえで非常に参考になった。 第一に、村上は自己治療として書いている、心理療法の箱庭づくりと同じようなものと

続きを読む

 虫食いを 斑入りに変へて  柿紅葉 吊柿 晒す光の スペクトル 薄野や 光を運ぶ 波頭 花薄 揺れて光を 放つまで コスモスを 飛び立つごとく フラミンゴ

続きを読む

 村上春樹「ねじまき鳥クロニクル 3部作」新潮文庫1997(単行本1994年)を読んだ。やれやれ長い。第1部は、編集者の妻クミコと失業中の夫、主人公の岡田享の日常と、行くへ不明の猫探し、その時にであった近所に住む少女笠原メイと謎の空き家、透視能力の

続きを読む

 原田真人監督、役所広司主演のテレビドラマ「初秋」をみた。芸術祭参加作品とのことで、京都の寺、石庭や能舞台、染物屋、旅館を格調高く描いていた。原作は井上靖とのことであるが、新聞のテレビ欄解説によれば、小津安次郎監督、笠智衆、原節子主演の「晩

続きを読む

 パラグライダーの飛び立つところをはじめて見ました。ぬいぐるみを着て飛ぶんですね。 秋光へ パラグライダー 押し放つ 上下左右 パラグライダー 秋の中 刈田風 パラグライダー 地におろす 光りつつ 水車の桶へ 秋の水

続きを読む

 村上春樹「風の歌を聴け」講談社文庫1982(単行本1979)は、作家になりたいが、失語症であった青年が、大学の休暇中につきあった友人や恋人との関係を描いた小説である。なにしろ、失語症だから描写といえるものもなく、人間関係の説明も断片的であって、ほ

続きを読む

 木犀や どちらの路地か 犬に問ふ ここでまた 木犀の香の 新しく 木犀の かほりは路地を ひたしをり

続きを読む

 渾身の 気合い 花火を開きけり 音と色 ずれて虚空に 遠花火  稲光 はるか疾走する 青年に 熟柿落ち 上に角ふり なめくじり

続きを読む

 子供らの 提灯となり 曼珠沙華 生きるもの 舞台に上り 秋彼岸 生き残る ものの食欲 秋彼岸 にごりなき 光に染まれ 吊し柿 

続きを読む

 台風や 猫は気になる 揺れるもの 台風の うなり万物 伏せるのみ 空を裂く 風の隙間を 虫の声 台風の 駆けて多量の はぐれ雲 台風の 叫び一夜に 朝寝かな 万物の 根元ゆさぶり 台風過

続きを読む

 台風も 犬は散歩に 行くと言ふ 台風や テレビを頼み 籠城す 台風や 雨音フォルテ ピアノして

続きを読む

 石丸晶子「式子内親王伝ー面影びとは法然」朝日新聞社1989年 は、発売当時に、題名を見て注目したのだが、「まさか、ね」という感じでそのままになっていた。私自身は、定説と違う見かたは好きなのだが。 式子内親王のことは、定家選の百人一首「玉の緒よ

続きを読む

 大塚英志「村上春樹論ーサブカルチャーと倫理」若草書房2006年 を図書館で見つけた。やっぱりサブカルチャーだったのか、ということで早速読んでみた。 村上は自己の小説の方法論をアメリカの小説やポップカルチャーからのジャンクを集めて作ると述べてい

続きを読む

 長谷川三千子「日本語の哲学へ」ちくま新書2010年 をブックオフで見つけた。この人のものを最初に読んだのは、「中央公論」昭和58年四月号掲載の「戦後世代にとっての大東亜戦争」であった。「そこに、昭和20年生まれの者には、それ以前のことは、何も教え

続きを読む

 筑波峯の かがひへつづく 刈田道 どこまでも 枯れた匂ひの 刈田かな その上の 筑波鉄道 稲の中

続きを読む

 尾崎翠「第七官界彷徨」昭和8年(「アップルパイの午後 尾崎翠作品集」出帆社1975年 所収)は、花田清輝が紹介していたので、後になってから本屋で見つけて買ったものだが、ただ、その不思議さに驚いた。とても、昭和8年とは思えないのである。宮沢賢治

続きを読む

 大江健三郎「燃えあがる緑の木ー(第一部)救い主の殴られるまで、(第二部)揺れ動く、(第三部)大いなる日に」三部作 1993,1994,1995 をよろめきながらだが、読んだ。これは、作者の故郷の四国の山村を舞台に、新しいギー兄さんが救い主に指名され、教

続きを読む

 ディズニー映画「オズ(return to oz)」1986をテレビでみた。前日には、「オズの魔法使い」1939だったのだが、忘れていた。こちらのほうは、昔、小説で読んでいたので話は分かっているが、映画は見ていなかった。続編の映画化まで、実に半世紀たっている。

続きを読む

 マイケル・カコヤニス監督「その男ゾルバ」1964 をテレビでみた。題名は、映画音楽もあって、当時からよく知っていたのだが、初めてである。時代は戦前の、ギリシャのクレタ島の田舎。イギリス人の小説家が父の遺産の炭鉱を再建しようクレタ島へ渡るときに

続きを読む

 大江健三郎「水死」講談社2009 は、終戦時の父親の水死の謎を、作家になった息子(小説では長江古義人)が小説にしようとする過程を描いた小説である。父親は愛媛県内子町の谷間の村で道場を開く国粋主義者であったが、終戦に反対してクーデターを起こそう

続きを読む