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2011年01月30日09:58

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小説の中の謎(61)  ストレイシープ(迷羊)

 ストレイシープとは、夏目漱石「三四郎」で、美禰子が三四郎に投げかける謎の言葉である。この言葉の出典はマタイ伝18、ルカ伝15で、羊飼いが99匹の羊を山においても、迷った羊を探しに行くように、自分イエスも、罪人にかかわるのだというエピソードである。
 この言葉がなぜ「三四郎」の後半部分に頻出するのだろうか。華やかな美禰子は、熊本から上京した純朴な三四郎を近づけるように、突き放すように翻弄する。とりあえずは、迷う羊は彼女の気持ちが分からない三四郎だろうが、美禰子自身も、自分の本心がつかめない迷う羊である。
 しかし、たぶん、「三四郎」の登場人物はすべて迷う羊なのである。ラストシーンで、美禰子は結婚するし、迷うことはなくなったのではとする説があるが、しかしそれでも迷う羊のままなのである。なぜなら、漱石のその後の小説は、女性が別の人と結婚してから、男性がそのことを悔やみやり直そうとするテーマや三角関係のテーマが多いからである。
 このような状況は、今も昔もよく見聞きしたことであろう。離婚再婚とまではいかなくても大学時代のマドンナへのあこがれのような気持ちを聞いたこともある。明治時代となって、結婚したら夫に従う時代ではない、漱石はそう言いたいし、その状況を小説にしたのに違いない。
 したがって、迷う羊はマイナスイメージだけではないはずだが、なにしろ漱石の小説はだんだん暗くなっていく。羊は「暗き道にぞ入りにける」だったかで、「山の端の月」の存在が弱いのだ。
 誰が言ったか何で読んだか忘れたが、文学は迷う一匹の羊のためにある、そのために書く、と言っている作家がいた。たぶん、漱石もそうであって、ストレイシープは以後の小説のテーマを予告したものだったのだ。小説の中に、作家の生の声を混入させるのは二十世紀小説の手法の一つでもあった。
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