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2024年03月23日14:46

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ますむらひろし「銀河鉄道の夜 四次稿編」第4巻を読む

第3巻で「サソリの火」のおおかたをやってしまったので、
四次稿で残る銀河鉄道の旅は「サウザンクロス」と「カンパネルラとの別れ」だけだ。
そこに三次稿で登場した「黒い帽子の男」を加えているのが、ますむらひろしの工夫だ。

念入りなことに、「この物語は四次稿ですが、途中に三次稿が挿入されています。」
という断り書きが置かれており、
「四次稿だけを体験したければ、まず62ページから107ページまでをクリップに挟むか、
しおりを2枚いれて、そこを読み飛ばすことで、体験できます。」と補足されている。
創作者としての意志と原作に対する敬意を同時に満たそうという丁寧な手さばきだ。

とはいえ、その「黒い帽子の男」部分を加えても物語は150ページで、
残りは、23ページに及ぶ「銀河鉄道の駅弁を黒い帽子の男と食べる夜」と題された
あとがきというか、自作解説というか、「銀河鉄道の夜」解読なのだった。

しかも、ジョバンニが目覚めた後の描写で、
賢治の没後すぐの版には掲載されているのに行方不明になっている1枚の原稿があって、
そこに書かれていたのが二次稿もしくは三次稿で登場し四次稿で削除した箇所と推測し、
該当部分についても(口上のような導入含め)12ページにわたって漫画化している。

というのも、最初にますむらひろしが「銀河鉄道の夜」を漫画化した際、
作画監修の天沢退二郎から唯一ダメ出しを受けたのが
「ジョバンニが泣いている」take(とますむらは書く)で、
四次稿で削られた描写がまさしく「泣きながら街を歩くジョバンニ」なので、
四次稿の漫画化であるならば泣いてはいけないとされたのだった。

また、三次稿の「黒い帽子の男」と四次稿の「カンパネルラの父」をつなぐアイデアも、
最初の漫画化からますむらが希望したが天沢チェックで実現しなかったので、
いわば、ますむらひろしの長年の夢がこの巻で実現できたことになる。

そして、改めてじっくり読んだ「銀河鉄道の夜」の終盤だが、
宮沢賢治の宗教観が明確に出ているように感じた。

若いころに雑に読んでいた時には、タイタニック号の観客や南十字星の描写から、
宮沢賢治はキリスト教へ共感しているものと思い込んでいた。
ジョバンニの「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか」は、
子どもっぽい不十分な理解とワガママのように感じていた。

改めて読むと、ジョバンニはキリスト教者たちとしっかり論争をしており、
「ぼくたち ここで天上よりも もっといいとこを こさえなけぁいけない」
と(見開きで)きちんと主張している。

続くのも、カンパネルラが「あすこがほんとうの天上なんだ」と野原を指さす場面で、
そこにはカンパネルラの母もいて、という次の瞬間にカンパネルラが消えているので、
「カンパネルラの天上」はサウザンクロスの先ではなく、あの野原であることがわかる。
しかも、その野原がジョバンニには「ぼんやりと白くけむっているばかり」で、
そこが「ジョバンニの天上」ではないことが示唆される。

そこで思い起こしたのが、ジョバンニの「どこまでも行ける切符」に書かれた文字を、
今作でますむらひろしが「南無妙法蓮華経」と解釈したことだ。
「南無妙法蓮華経」は、タイタニックの犠牲者ともカンパネルラとも異なる場所へ
ジョバンニを導くのだと読み解けば、合点がいく。

というところに現れた「黒い帽子の男」は、銀河鉄道の旅の答え合わせのように、
勉強を重ね、実験でちゃんと「ほんとうの考」と「うその考」を分けてしまえば、
めいめいが自分の神様を本当の神様だと主張する信仰も化学と同じようになると説く。

黒い帽子の男は、一瞬だが完全な覚醒をジョバンニに体験させ、
そこへ向けて、すべてにわたる「実験」を(永遠に)続けねばならないのだと説く。
それを受けたジョバンニは「本当の幸福をさがすぞ」と決意表明をするのだが、
ここまでやってしまうと、クドくて種明かしがすぎるという感じがしないでもない。

なるほど、この境地に至って目覚めたなら、いつまでも泣いていられないのもわかる。
あるいは、すべてが夢であったのなら泣き続ける理由がない。
あるいは、一番悲しいはずのカンパネルラの父が冷静に応対してくれたなら、
銀河鉄道の夢での別れはまだ心にしまっておくべきことだ。

四次稿では消えたはずのページも含め同じ水準のマンガで見ることで、
このパートは必要、後のつながりを考えると落とすべきなどと、
宮沢賢治になったかのような思いで、いろいろ考えてしまった。
これは相当に稀有な体験ではないだろうか。

これもまた、すべてを描き直してくれたますむらひろしのおかげだ。
この4巻に及ぶ労作は、マンガがマンガのままで研究書になりうることを示してくれた。
宮沢賢治研究者の評価を聞きたい。
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