カトリックとの比較で言えば、ローマ法王・教皇庁に相当する信者を統括する組織がない。
また神父や牧師に相当する信仰の指導者もない。プロテスタントの場合は長老組織があって教区の牧師を任命する。
で、イランのホメイニ師も尊敬を集める人物だが、身分上は一信者(ヴォランティア指導者)にすぎない。その状態で、王政を倒したイラン革命の指導者となった。現在は彼の息子が事実上のイラン宗教政治の最高権威である。
厄介なのは、ガザ地区の過激組織ハマスなどをヴォランティア指導者たちが応援し、それがイスラム教国政府の支持を得ているらしいこと。
もともとが、教祖モハメドによる「コーランか剣か」という征服活動によって成立した諸国だったから信仰を先頭に立てたアッラー・アクバル式過激活動は支持されやすいのだろう。
もっとも、エジプトとトルコは政教一致を捨てて欧米並みに世俗化した。
トルコはオスマントルコ帝国に反乱(1923年)を起こしたケマル・パシャが政教を分離した。明治維新の成功に刺激されたもので、ロシアに対抗するためにも政治経済の近代化を急がねばならなかった。
エジプトは1952年にナセルが軍を率いたクーデターで王政を打倒した。
1920年頃の{アラブの春}と呼ばれる反政府運動が起きたが、その中心となっていたのが「ムスリム同胞団」である。彼らはイスラム原理主義なので、政教一致で、選挙で選ばれたとしても欧米で言う民主主義とは似て非なるものがある。
エジプトではナセル死後にムバラク大統領を暗殺し、同胞団の指導者モルシが大統領になったが、シシ国防相がクーデターで大統領になっている。
一方、トルコでは同胞団を保護してエジプトと対立している。
サウジアラビアは強硬な原理主義のワッハーブ派がサウジ王家の宗教である。それでも、石油にも限界があり、工業国家になるために近代化しなければという危機意識があるのだろう。次の国王に指名されたサウジ皇太子は少しずつでも自由化を進めているとのこと。現国王も賛成なのだろう。
そこに不可解な事件・カショギ記者暗殺事件が起きた。
カショギ氏は皇太子によるサウジ王族の逮捕事件で皇太子を独裁だと批判したり、ムスリム同胞団を擁護したり、アルカイダにインタビューしたり、イスラム諸国には報道の自由がないと批判したりだが、大事なことは政治からイスラムを分離することではないのか。
カショギ氏は大事なことが分かっていなかった。
日ごろ信仰を説いて信者の心をつかんでいるイスラム教指導者が有利になる選挙など、みせかけの選挙にすぎない。それはナセル以後に混乱したエジプトの例でも明らかだろう。
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