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2023年09月16日18:53

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浮世の謎(166) 「妹の力」

 柳田国男は「妹の力」を提唱した。当時、内閣書記官長(今の官房長官)だった柳田が古い裁判記録で見つけたとのことだが、何人かの男兄弟が末の妹の命令に従って、住民たちに乱暴を働いていたという事件に基づいている。妹には兄を操る力があるとの主張である。

 1.日本女子大を病気退学して花巻女学校の教師をしていたとし子が退職し自宅療養になった。家出同様で東京にいた賢治は「帰って来てくれ」と言うとし子の頼みで呼び戻され、看病しながら童話や詩の話をしていたが、秋頃には農学校の教師になり、引き続き書いていた童話の一つ、兄妹が狐の祭りに招かれる「雪渡り」は盛岡の新聞に掲載され、賢治生前の唯一の原稿料をもらうことができた。
 しかし、とし子の病状は回復せず翌年の5月頃には「春と修羅」を書くことになった。
春はとし子を象徴し、春を滅ぼそうとする阿修羅は賢治自身になる。この異常な設定の背景にはとし子の肺結核が悪くなる一方だという絶望感がある。仏教信者だった賢治は「因果応報」信じていたので、自身の悪因が妹に祟ったのだと思い込んでいた。を実際に亡くなるのは半年後の11月ぐらいだが。
 亡くなる当日に書いた「永訣の朝」には、とし子に「自分は一人で死にます」と言い渡された無念の思いが込められている。(キリスト教信者でもあったとし子は、自殺などもってのほかだし、賢治の詩や童話の才能でこの世に貢献してほしかったのだが)賢治は心中して、一緒に生まれ変わりたいと思っていたのである。
 仕方なく、農学校の教師をしながら童話や詩を書いた。童話の代表作は「銀河鉄道の夜」で、銀河鉄道はあの世へ行く列車だが、この世へ帰ってくることもできる。とし子を連れ帰りたいと思っていたに違いない。ギリシャ・ローマ神話のオルフェウスの物語のように。
 とし子の死後の回想には、北上川の土手を二人で散歩する楽しい詩や、二人が夫婦だったりする詩もあるが。
 ということで、稀有の才能の持ち主だった賢治を支配していたのは妹の力だったのである。

 2.アメリカでは、サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」がある。
 実際のサリンジャーの家族関係は知らないのだが、本書では、父によって名門の全寮制学校に入れられても退学を繰り返していた主人公は、またしても退学して、ニューヨークの自宅を目指す過程の物語である。
 あちこち寄り道し、ニューヨークへ着いても友人を訪ねたりして、とうとう妹の学校で待ち伏せをした。妹は、またしても我がままだと見破られていたが、後で両親には内緒で部屋へ来てくれと告げた。で、夜を待って寝ている妹を起こして、「家出して、どこかで働く」との決心を伝えるのだが、忍耐心のない兄を一人にできないとして、大きな旅行カバンに必要なものを入れて待っていた。
 さすがに正気を取り戻した兄は、両親に精神病院に入院させてもらった。

 3.その他、三島由紀夫兄妹も妹と仲が良かったのではないかと思う。二人の子供のころのツーショットも伝記には乗せられている。
 ただし、「仮面の告白」にはほとんど書いていない。主人公に恋人ができて、ホモの傾向があるのだがそれを隠して普通の結婚をしたいと思っていた時には、妹にからかわれている。ところが、妹は戦時中か戦後すぐに急死してしまった。
 「仮面の告白」では、一言事実が書いてあるだけで、後にインタビューで、本当に悲しかったと述べている。
 妹が生きていれば、あんな糸の切れた蛸みたいな一生にならなかったに違いない。
できうれば「潮騒」のようになりたかったのでないか。他の小説は、「金閣寺」を典型として破滅的なものだし、最後の「豊饒の海」にしても、作中人物は力いっぱい生きたのだろうが、それを見ていた老人(三島自身だろう)の人生はつまらないものだったようだ。


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