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2021年08月27日12:31

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「よしながふみ『大奥』を旅する」を読む

よしながふみ「大奥」の特集なのだが、「太陽の地図帖 39」である。

「どこが地図帖やねん」というところだが、
もともと「『太陽の地図帖』は、テーマで旅する大人のためのガイドブックです。」
というフレコミなので、マンガ作品を題材にした「心の旅」もあり得るのだろう。

調べると、マンガ家では、水木しげる、諸星大二郎、山岸涼子、楳図かずお、
一条ゆかり、さくらももこが取り上げられている。
もともと、伝統美術や宗教、歴史を取り上げビジュアルと資料扱いに強い雑誌なので、
歴史モノのマンガ「大奥」は十分に得意分野だ。

フルカラーのイラストギャラリー8ページに続き、
歴史学者・大石学の巻頭言が置かれており、
近年、江戸時代のイメージが「封建制」から「初期近代」へと変化する中、
「大奥」では官僚化した武家社会など新しい江戸イメージが描かれているとする。

大森望は書評家・SF翻訳家の立場から、「大奥」を「改変歴史もの」に属するとしつつ、
史上初めての「herstory comic」と位置付ける。
「herstory」は聞きなれないが、
「his story」である「history」ではない「女性による歴史」の意だ。

続く「登場人物で旅する『大奥』」では、
家光、綱吉、家宣、吉宗、家重、家斉、天璋院と和宮の7章に分けて、
時に「大奥」での描写と比較しながら、
それぞれの時代の歴史の本当のところをコラムで綴っていく。

各章の冒頭には、人物紹介、よしながふみによる「創作秘話」とともに、
その人物が登場する「大奥」の印象的な場面が1ページまるごと載せられているのだが、
印刷が非常によく出来ているため、
マンガでは印刷されないはずの青色の下書きや欄外のスケール、手書きネームなどが
キレイに印刷されてしまっている。(つまり、「原画展」並みの仕上がりだ。)

「愛読者エッセイ」では、夏目房之介が
「(よしながふみは)様々な情報を効率的に、簡略化されたコマに落とし込む名手」
「よしなが本来の時間は(「きのう何食べた?」の)日常習慣の中にあった」と指摘し、
巖谷國士は、西郷による「没日録」の焼却を「歴史修正主義者による隠蔽」と憤り、
赤面疱瘡を収束させた女性指導者たちの優秀さを世界のコロナウィルス対応と重ねる。

「其の11」まである「『大奥』を深掘り」と題されたコラムから小さな記事に至るまで、
(主に歴史系研究者の)執筆者全員の氏名と略歴も記されている真っ当さにも驚かされた。
あるいは、無記名では失礼にあたるような人たちが執筆しているのだろう。
続く「『大奥』登場人物図鑑」には、14ページにわたり延170人以上が紹介されている。
よしながふみも、よく描ききったものだ。

最後に置かれているのは、12ページ1万字を超える「よしながふみインタビュー」だ。
「大奥」の創作秘話からよしながふみのマンガ読者・作者体験を、
前半でマンガ研究者の立場から記事を書いていたヤマダトモコが、
「大奥」のよき読者であるとともに、よしながとほぼ同世代のマンガ読者として導く。

「大奥」のもともとのアイデアは「女王の国」をめぐるファンタジーもので、
世界をゼロから構築することの困難さから放置していたのだが、
血族をつなぐ目的の「大奥」という制度への疑問と「女王の国」の発想が重なり、
「大奥を男の世界にしてみたら悲劇性が際立つのではないか」と考えたとする。

そして、「最終的には、男女どちらが家督を継ごうと、「血族」として続く限り、
同じ苦しみが生まれるという歴史の真実というか、残酷さを悟りました」と語る。
ラストシーンの明るさは、血族の業から解き放たれた新しい時代の風だという。

さらに、略年譜と全作品初出誌&初収録単行本データも含め、112ページ。
研究書でもファンブックでもなく、「大奥」という物語とその時代を理解することで、
「大奥」という本を楽しむ、否、旅するためのガイドブックに仕上がっている。

私的な一番の見どころは、p69のマンガの徳川治済のドアップと
前ページに資料として掲載されている肖像画の徳川治済がそっくりだったことだ。
おそらく、この迫力が「大奥」が世間に知らしめた治済の怪物ぶりなのだろう。
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