１枚目 伴大納言逮捕に向かう検非違使 伴大納言絵詞から
２枚目 高句麗古墳 騎射図
３枚目 将門邸に招かれた秀郷（下総猿島、現在は茨城県）
著者は1978年生、高千穂大学商学部教授、専門は古代・中世の礼制と法制・政治の関係史。他の著書に「平安京はいらなかったー古代の夢を喰らう中世」なるものがあるとのことで驚かされた。本書でも桓武天皇は散々の評価である。
本書は300ページにぎっしり詳しく武士の起源論が述べられているのだが、順を追っていたら終わりそうにないので、まず全体を要約し、その後で興味深いところを摘出したい。
私自身も武士の起源を大貴族の荘園の警備だとする定説的なものは信じられなかった。なぜなら古代からの豪族は当然自前の軍隊を持っていたわけで、例え蘇我氏が滅ぼされ大化の改新で公地公民になったと言っても、そもそも「公地公民」？ なるものが怪しいし、奈良の都周辺ならともかく、地方の豪族が自分の領地を差し出し、自分の軍隊を解散したなどと信じるわけにはいかない。むろん、蘇我氏など敗者の領地は公地公民になったに違いない。
それに確かに国司は都から派遣された中央貴族の任期付き任用であるが、その下にいる郡司は地元採用である。かれらは地方の豪族の子孫に違いないし、いざという時は配下の郎党を兵としたはずである。防人の動員も、坂上の田村麻呂も自分の兵以外は、関東の郡司が動員した兵をもって阿弖流為（あてるい）と戦ったはずだろう。
本書の武士起源論は、源平など貴姓の王臣子孫が卑姓の伝統的現地豪族や準貴姓の伝統的武人輩出氏族（か蝦夷）との婚姻関係を通じて、武人としての遺伝的天分や英才教育を受けて武士氏族化し、また一帯の領主化したのだと要約されている。
ほぼ私の考え通りの内容だったが、詳しい実証事例や系図が続いて、面白いのだがくたびれもした。
１．武士（及び領国の支配者）となる条件
まず武士であることとは、弓馬の使い手であるということである。
そう言われれば、子供の頃読んだ講談本での鎮西八郎為朝は他の誰にも引き絞ることのできない強弓の使い手だった。保元の乱に敗れたが、その弓の天分を惜しまれて、死罪を免れ伊豆大島へ流されたが、伊豆諸島を支配したために朝廷軍が攻め寄せてきた。肩の骨を外されていたにもかかわらず強弓を撃ち尽くしたのち自害して果てたという。
というのは時代を先走りすぎで、記録によれば、聖武天皇は坂東九か国の軍三万人に騎射を教習させたとのことである。そもそも弓馬の術に上達するためには長い修練が必要であって、普通の農民が農作業の合間に練習して習得できるものではない。働く必要のない富豪百姓の子弟が指導者を得て初めて達成できることである。これを有閑弓騎という。
また統治側にいるものでなければかえって危険でもあるので、統治側の末端にいる郡司とその子弟が一層望ましかった。
ところが、坂東では馬に慣れていて（朝廷の牧が各所にあった）貧しい農民でも訓練すればできるようになったとのことである。
賀茂祭では騎射を奉納したとのことであるが、その実演のために近江から武人を呼んだ。近江には騎馬民族である百済遺臣に領地を与えていたのである。もっとも、百済王家は山城の国に住んでいた。高野新笠姫が光仁天皇妃で桓武天皇の母だった。（天智天皇の孫と姻戚を結ぶのは危険だとして大貴族からの嫁の献上がなかった。天智に恩義を感じていた百済王だけが娘を差し出したとのこと）
２．武士台頭の背景
源平などの王臣家と、都から派遣される国司、地元豪族の郡司の三者は、租庸調の徴税をめぐって利害が対立しやすい関係にあった。
国司は郡司を鷹狩などで私的に使役して、税の上前をはねることもあり対立するのだが、むしろ癒着して利益を分け合うことも多かったという。
さらに朝廷と強いパイプのある王臣家は両者を調停して地方の事実上の裁判権力となっていた。
以上のように地方の統制は乱れていたのだが、東国では物部氏永による群盗活動をなかなか制圧できず寛平元年889年から始まって、やっと901年に収束させた。彼らは馬泥棒（安く買い上げる）で、僦馬（しゅうば）の党と呼ばれていた。（特に、信濃、上野、甲斐、武蔵は大きな牧の所在地だった）
彼ら群盗の活動は関東だけでなく、都も含め全国に及んでいた。その制圧のためには朝廷、国司側も、警察的な衛府や検非違使だけでなく、常備軍として武士化した集団を持っている必要があった。
３．王臣家は如何にして武家の棟梁になれたのか
１）王臣氏族を武士化する武人輩出氏族
なぜ宮廷貴族が武士化することができたのか？ それが可能であったのは、武士化している氏族の母系の血と教育があったからである。
征夷大将軍の模範とされた坂上氏も元来は部門ではなかった。
坂上氏の祖先阿智使主（後漢・霊帝の曽孫）は後漢の滅亡による混乱を避けて帯方郡へ逃れ、さらに、応神天皇の代に日本に帰属したが、武門化した最初は、奈良時代初期に坂上大国が衛士になってからである。その後、犬養、苅田麻呂と武士として手柄を立て、次の田村麻呂が征夷大将軍になったわけである。
２）高望王の息子たち（武門系桓武平氏）
桓武天皇の皇子の一人葛原親王は天皇にはなれなかったが、関東にたくさんの牧を含む領地を相続した。彼の孫高望王が平姓の臣籍となり上総介として現地に赴任したが、まだ武士とは言えない。
地元の豪族、源護（嵯峨源氏らしい）の三人の娘が高望王の三人の息子（国香、良兼、良正）と結婚したことで、武士としての訓練を受けることができたからである。将門の父良将は源護ではないが、やはり地元の豪族の娘と結婚している。
ところが将門が護の３人の息子たちと紛争を起こして殺してしまった。護が娘婿に泣きついたことで、紛争には関係ないのにやむを得ず同族の争いになったのが将門の乱に発展したのである。特に、後の伊勢平氏の祖となった貞盛は、父の国香が殺されたにもかかわらず将門と戦う気持ちにはなれなかったという。
将門が摂政藤原忠平と私的な主従関係を結んでいたことも消極的になった理由かもしれない。結局、将門追討の主力は藤原秀郷だったらしいのである。
結局、早い段階で武士団を作れたのは将門だけで、他の高望王の息子たちは負けてばかりで散々だった。やはり1代や２代では無理なのではないか。関東八平氏と呼ばれる武士団はずっと後の、保元、平治の乱の頃のことだろう。
３）藤原秀郷と藤原利仁の例
武士として有名になった秀郷と利仁は藤原北家房前の子、左大臣魚名の子孫である。
しかし、桓武天皇の時、氷上川継（父の塩焼王は天武天皇の孫だが藤原仲麻呂の乱に連座して殺された）の乱が起きて、大伴家持、坂上苅田麻呂（田村麻呂の父）などが失脚したが、同時に左大臣藤原魚名まで失脚した。魚名の息子たちも左遷されたが、幼かった藤成と鷲取は見逃された。藤成の子孫が秀郷となり、鷲取の子孫が利仁である。
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藤原秀郷の実質は古代豪族の鳥取氏（出自不明だが）と言わねばならない。
鳥取氏は元々河内の国にいたのだが、いつの頃か常陸に移住した。つまり常陸の河内である。
そして、藤成が下野史生鳥取業俊の娘と結婚して豊沢（下野の掾となった）を生み、 鳥豊沢が取豊俊の娘と結婚して村雄を生んだ。その村雄が下野の掾・鹿島の娘と結婚して産んだのが秀郷である。
つまり秀郷は古代豪族鳥取氏の血と教育で、有名な武士であり、どうやら群盗を率いていたらしいのである。916年に下野の国司が朝廷に訴えた文書があるが、それには、藤原秀郷ら18人を、妨害があって流刑地（実質的に死刑はないので流刑が最高刑）に送れないという内容であった。事実上、下野の国は秀郷一族に支配されていたのである。
☆海風：鳥取氏の移住したという常陸の河内（今の霞ケ浦と利根川、つまり千葉県境との間）のことだが、その昔の「河内郡」の一角で、今の牛久市に女化（おなばけ）神社がある。ここの伝承として、狐を助けた男が翌朝訪ねて来た若い女性と結婚して子供をもうけたが、狐の正体を知られて去って行ったという、どこかで聞いたような話がある。
「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」だが、「泉」地名も近くにあるし、「常陸国信太郡」は「河内郡」から分かれたもののようである。更に葛の葉伝承には河内国も関係しているのだ。河内や和泉から常陸へ移住することが、確かにあったに違いない。
��藤原利仁
魚名のもう一人の子鷲取の系列が藤嗣、高房、時長、利仁である。利仁は武士として勇名をはせ、多くの武士氏族の祖となっているが、彼を有名なのは芥川龍之介であろう。
芥川の「芋粥」は今昔物語に元づくものであるが、芋粥を食べられたら死んでも良いという五位を利仁の領地のある越前にまで連れて行って、嫌となるほど食わせたという内容だった。
彼の系列が武士化したのは高房が起点である。高房の外祖父は紀古左美であるが、紀氏は古い武人輩出氏族だった。そして越前の国司になったことで、彼の息子時長が越前の豪族の娘と結婚して利仁が生まれたのである。利仁自身も越前の娘と結婚している。
☆海風：まとめ
著者の桃崎氏は農民が武器をもって武士となったという説をはっきり否定する。馬に騎乗し弓を射る技（つまり流鏑馬）は、農作業の片手間でできることではない。働く必要のないことが必要条件だが、その上で指導者を得ることが十分条件だろう。当時のこととして、それは氏族の血脈でなけれなならない。
その氏族とは古代からの豪族である。彼らは大化の改新以後は郡司となった。
さらに馬であるが、その使い手は高句麗などの遊牧民族である。弓馬の術は百済からの亡命移住によってもたらされたに違いない。また、馬を繁殖し軍馬として育てたのは関東に多い牧であった。この地に住む蝦夷の帰属民（俘囚）の技術がもたらされて武士の技術が磨かれたのである。
さらに部門の棟梁として地方に定着した統治能力のある王臣によって武士団として編成されて、そこから領主と郎党しての完成形となる。
著者は武士の三条件の一つとして、武士の遺伝子の注入を挙げるのだが、それは古代からの部門氏族との姻戚関係の中に含めてよいのではないかと思える。
武門の支配者と軍人の司令官との違いは、前者は農工商を束ねる政治家の一面が必要だということである。単に戦闘能力が高いだけではダメなのである。
ここで、なぜ鎌倉、室町、江戸時代の将軍（執権）が天皇にならなかったのかという疑問も解けたように思う。すでに平安時代の摂政関白も含めて、天皇は実力者として成りあがってきたものを追認し、彼らの権力の保証人になる。
「馬上天下を取るも馬上天下を治むべからず」であって、天皇の保証を得て覇者は正統な王者になる。中国のように天が認めたから王者だと、自分で言わなくともよいのである。これが平安時代以来天皇制が続いた理由だと思う。
それに暴君ネロのような将軍、執権も聞かない。良心や神という目でなく、具体的な上位者の目があるので、自制せざるを得ないし、でなければ天皇の目を気にする家臣による
押し込めにあったのに違いない。
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