１枚目 ホッパー
２枚目 モランディ
３枚目 マディソン郡の橋 いずれもネットから。
前書きの要約
春日武彦「鬱屈精神科医、占いにすがる」大田出版2015 を読んだ。著者は1951年生で、一旦、産婦人科医になったものの、面白くなかったということで６年間だけで、精神科医に転向したとのことである。それに、たくさんのエッセイを出版しているのだが、にもかかわらず、「不安感や不全感や迷い」にさいなまれると言うのである。向精神薬ではだめなことは仕事柄わかっている。では、カウンセラーかといえば、それは同業者なので気が進まない。最後に「居直り」の気持ちで占い師に頼ることとした。この心性の根にあるのは「卑しさ」だと知っているのだが。
☆海風：本書の全体の流れとして、占い師に頼ることで、自身の心理状態がどう変わるのかを観察したものだと思える。「卑しさ」とあるが、めずらしい精神科医の行動を本にしてみよう、ということが目的なら、そうかもしれないが？
第１章 占い師に「すがり」たくなる気分のこと
「・・・不幸への引導を渡す役目は散々果たしてきた。・・・長年のうちに、「不幸の使者」として振る舞うことに付随する不幸のオーラに自分も汚染されてきたのでないか。」
☆海風：これは納得できる。タロット占い師のかみさんも、時々、パワーを吸い取られた、などとこぼすことがある。「幸せを数えたら片手にも余る。不幸せ数えたら両手でも足りない」という歌のようなオーラを出されると周囲を暗く染めてしまう。
物書きの「精神科医枠」の存在・・・手抜きせずに書いてきたが、まっとうに評価されたという感触がない。
占い師に、少年時代や母との思い出を語りながら・・・嗚咽が止まらなくなった。
☆海風：著者は努力の割に報われること少なかったと落ち込んでいるようだが、求めている報酬が母の承認なので難しかった。著者の母親は才能ある人だったらしく、息子の達成を当たり前だ、ぐらいにしか感じなかったようなのだ。
対照的に、ゼネラル・エレクトリックのジャック・ウェルチ社長が、昔、日経の「私の履歴書」で書いていたが、短命であることを予感していた母が、生きている間にと息子の彼に何でもやらせて、それを褒めて励ましていてくれたとあった。
第２章 世界を理解する方法としての占い
自分の内面と一脈通じ、しかも何らかの業績を上げた作家や、芸術家を手本として生きようとしてきた。
�（胴颪了躾佑念綣圓世辰織Ε�リアム・カーロス・ウィリアムズ・・・一方の仕事が他方を補い、両者は全体として一つのものの二つの部分であり・・・開業医としても慕われ、偉大な詩を書いた。
��眼科医で私小説作家の藤枝静男・・・土俗性と身も蓋もない即物性、そして自己嫌悪と奇想を凝結させた「異形の世界」を描いた作家。
�２莢箸離札疋錙璽鼻Ε曠奪僉次ΑΑΕ▲瓮螢�の卑俗で荒涼とした世界を窃視するかのように描いた人物。
�げ莢箸離献腑襯献紂Ε皀薀鵐妊�・・・ただただ同じ題材の静物ばかりを描き続けた挙句、ついに豊饒かつ抽象的な世界へ至った。
☆海風：ホッパーの観賞として、「荒涼」、「窃視」はいいとして、「卑俗」なのか？ 普通に、アメリカの中流階級の、都市の孤独でないのか。著者の上流を求める心を表しているのかもしれない。
著者が模範とした四人ずべて、日常と異常の境を描いているように見える。
自分のことを境界性パーソナリティ障害に近いと感じているのだから、病理として近似した患者に出会ったことはあるが、「そっくりだ」と思った出会いはなかった。
☆海風：私も、70年以上生きてそっくりだと思った人はいない。Ｂ型人間だからか、独自性にこだわっているのである。著者との違いは、あまり他人と比較しないことのようだ。
医療法人一尚会のホームページによると、｢境界性パーソナリティ障害｣とは、
「（人格障害の）なかでも、気分の波が激しく感情が極めて不安定で、良い･悪いなどを両極端に判定したり、強いイライラ感が抑えきれなくなったりする症状をもつ人。｢境界性｣という言葉は、｢神経症｣と｢統合失調症｣という2つの心の病気の境界にある症状を示すことに由来。」
私の経験則
� 嵜誉犬枠辛�と相似とでできあがっている。」
�◆嵜佑凌缶詫佑蓮◆平�じたくないけれども）驚くほど図式的である。」
わたしの人生における人間関係は「わたしと母」ただそれだけで成り立ってきた。母親に認められなければ（認められないのだが）という強迫観念に生きてきたが・・・それはある種の依存症である。母の世界観に呑みこまれるという倒錯した喜び。
☆海風：「反復と相似」・・・確かに、藤村「昨日またかくてありけり、今日もまたかくてありなむ」の日常世界。「今日もまたかくてありなむ」という映画もあったし、「マディソン郡の橋」も、ロマンスを心に秘めて、日常を選んだ女性の物語だった。
同時に、カミュ「シジフォスの神話」にいう神に与えられた罰でもあったのだが。「ボヴァリー夫人」はそう思っていたのだろう。
第３章 カウンセリングのようなもの、としての占い
聴き手に向かって患者（相談者、クライアント）は本音をしみじみと語る・・・その行為そのものに、重大な意味がある。聴き手に、きちんと分かるように語るためには、状況や背景や経緯を頭の中で分かりやすく整理し全体を俯瞰し、その上で適切な言葉を与えて（言語化して）喋らねばならないからだ。
☆海風：その通りだと思うが、これが難しい。
第４章 救いに似た事象について
わたしがイメージしている救いとは
�’困澆箒譴靴澆�一気に解消すること。
�∋�愛に近い大いなるものを実感すること。
�Ｇ困澆箒譴靴澆罎┐鳳鵑兇�っていた日常が、鮮明な輪郭を備えて戻って来ること。
☆海風：私の子供のころを思い出しても、なんでもないような一言で、救われたと思ったことがあった。
ウィリアムズ「一月の朝」中山容訳
これは全部―
あなたのために書きました ママ
わたしはあなたにわかってもらえる
詩が書きたかったんです
あなたがわからなければ
なんの役にもたちません
・・・
☆海風：著者の心にぴったりなのだろう。
岩波文庫「アメリカ名詩選（対訳）」に、都市の日常賛歌のような詩があった。
Pastoral 牧歌
・・・
Older now
I walk back streets
admiring the houses
of the very poor;
roof out of line with sides 壁面と合わない屋根
the yards cluttered 散らかった中庭
old chicken wire,ashes 古い金網や灰
furniture gone wrong;
・・・
ネットを見れば、愛知学院の田中泰賢氏が「仏教に出会った二人の詩人」として、ウィリアムズ（1883-1963）とパスを論じていた。これまで、読んだことのない詩人だったが確かにおもしろい。
第５章 一線を越える、ということ
なぜ自分は医療者としても物書きとしても二流以下のまま二足の草鞋を履き続けるのか。
わたしにとっては、占い師のところへ赴くのはそれまでの日常から「一線を越える」振る舞いであったし、あえて言うなら自傷行為に近い要素までも孕んでいたのだった。母によって救いをもたらされるという図式に憧れていたわたしにとって、占ってもらう行為自体がその図式の模倣だったのかもしれない。
☆海風：「母の世界観に呑みこまれる」とも言っているから、母は蛇ではなく海のようなものだろうか。
「自傷行為」でなく、「精神科医の冒険」でないのか。経営コンサルタントのドラッカーの自伝は「傍観者（by stander)の冒険」だった。ドラッカーも経営の第一線の人間でなかったが、冒険はあったとしている。読者に言わせればあり過ぎるほどで、「福翁自伝」かとおもった。
どうも著者は母は一流しか相手にしてくれないと思いこんでいるらしいが、矛盾したことに、著者が人生の模範とする四人は、いずれも日常に、そして平凡な二流・三流の人に関心を注いでいた。モランディの静物も埃をかぶっていて、捨てるような空き瓶なのである。
まあ、母への依存と反発という二面性があって、最初に産婦人科医になったのは母の期待を裏切るためだったらしいのだが。こうなったら、「二流の人」を認めてもらえるように、心の母にお願いするしかないだろう。
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