古東哲明「ハイデガー 存在神秘の哲学」講談社現代新書2002 を読んだ。ハイデガー哲学の解説書のような題名ではあるが、著者によれば、存在の味を味わうことを哲学した人はハイデガーしかいないので、彼の哲学を導きの糸にするというという意味である。
ただ、ハイデガーはその味を説明するのではなく、それぞれが味わいに行けとばかりに、そこへ至る道を教えるだけなのだとのこと。それが、彼の哲学の分かりにくさの原因でもあるのだそうである。
ハイデガー「存在と時間」（使った本は「有と時」と訳されていた）は、昔、教養の授業で習ったことがある。一行一行読み説くような丁寧な授業だったが、とても分かったとはいえない。思い出せば、癇癪持ちの変わった先生だった。まあ、変人が哲学者になるとの説もあるので、哲学者としては平均的な人だったのかもしれない。
１．（要約）「存在の味は至高にして神秘の味で、一瞬でも味わえば、あらゆる問題が消えてしまう。・・・寝ぼけたことを、存在は無意味で吐き気がする（サルトル）、耐えがたい軽さ（クンデラ）、存在の禍悪（レヴィナス、シオラン）などの批判があるのは百も承知。ｐ8-9
「存在は存在者（モノ）ではない。・・・現前しようがない。・・・所有（記録・・・把握）することができない。・・・失いようもない。」ｐ30
・・・私も、存在をみると吐き気がするというサルトルに共感していたのだが、考えてみればサルトルのように徹底していたわけではない。自伝「言葉」によれば、彼は祖父の家の図書室で育ったようなもので、自然には何の関心もなかったという。これに対して私は、日本の伝統的美意識である季節感（つまりは存在の美だ）のなかで育っていたのだった。無神論者であるサルトルが聖書の「最初に言葉があった」に応じているようにみえて少しおかしい。
２．「存在不安からの出発・・・なぜ生まれ、なんのために生き、そして死ぬのか・・・
暗雲の裏側は白銀色に輝いている・・・存在神秘・・・存在は虚無だからこそ神秘」ｐ10-12
「（要約）ハイデガーは教会の堂守の息子として生まれ、神父になることを目指したが、二十歳のころに病気（神経性心臓病）になって死線をさまよい、さらに第一次大戦の中で存在不安、ニヒリズムに投げ込まれた。・・・そして宗教的瞑想法の中で、決定的体験・・・存在忘却の根本体験（存在の凄さを忘れていたことの痛切な体験）に至ったのである。」ｐ39-44
「なんであれ、その何かが非在化したり、喪失の危機にさらされたり、破綻に追い込まれるとき、その何かのリアリティが、ありありと露光するものだ。・・・ハイデガーはそのことを不在ゆえの現前となづける」ｐ78
・・・ハイデガーが仏教的あるいは禅宗的な感じがするのはこのためだろう。
３．「理性的動物から現存在への人間の本質変容」ｐ88 ・・・これがハイデガーの仕事だったとのことである。
「かつて、近代の主体主義が優勢をきわめた時代には、人間は自分の生や行為を明晰に認識できかつコントロールできる者、と想定されてきた。自己反省能力をそなえる明晰な主体性（コギト、理性）をすべての起点におくことができたからである。・・・
だが、（世界劇場の舞台で）世界制作的であるぼくたちは・・・役者さながらに、周囲世界に気を配り、共演者をきづかい、観客に配慮しながら・・・公共圏を生きている。」ｐ100
「企てながら投げ込まれ没頭する舞台。・・・�ヾ訶蝓陛蟯襦法�舞台のすべてを察知する暗黙知。・・・��被投性、そこに没頭して耽落している。」ｐ102
・・・ここではシェイクスピアの「この世は舞台、人は皆役者」が引用され説明に使われている。
４．「生と死が回互する。・・・宮沢賢治が言うように、かげとひかりのひとくさり」ｐ124
・・・「わたくしという現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です/・・・せわしくせわしく明滅しながら/いかにもたしかにともりつづける」春と修羅序 が思いだされる。
・・・私は昔、死に向かって開かれた現存在（Dasein 人間存在）というのを武士道みたいなものかと解していたが、そうではなく、福岡伸一「生物と無生物の間」と同じく、エントロピーに対抗して猛スピードで古い細胞を廃棄し新しい細胞と取り換えるＤＮＡの活動に似ているのだとのことのようである。
ワーズワース「草原の輝き 花の栄光
再びそれは還らずとも嘆くなかれ
その奥に秘められたる力を見出すべし」 も同じことを言っているのだろう。だとすれば、ハイデガーが存在の神秘として観たものを書かなかったのも理解できる。それは、すでに多くの詩人によって書かれてきたことだった。哲学者としては、その悟りの道（道しるべ、認識のための用語）を示せばよかったのだろう。
サルトルは実存哲学者で社会不正を正す革命へと自身を投企せよという革命家だった。それに対して、ハイデガーは存在への不安を通じて存在という奇跡を見るように勧めるカウンセラーのような哲学者だった、といってよいのだろうか。
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