mixiユーザー(id:34218852)

2011年06月30日14:24

46 view

小説の中の謎(92)  帰るべき故郷とその伝承(続)

 大江健三郎「同時代ゲーム」は、野心作にして怪作である。ここでは、語り手とその妹が伝承と化しかけている。妹のほうはすでに伝承世界にいて、語り手はその途中にいるというところか。伝承に行ってしまえば語り手になれないわけだから。先の「森のフシギの物語」でも、妹が登場するが、こちらでは実在の人物がモデルになっていることが了解できるのだが。
 「同時代」が幻想なら、「森」はリアリズムに基づいているのだ。
 ここでは、語り手と妹は、よそから流れてきた神主の双子という設定である。神主は双子の兄のほうを森の村の歴史の伝承者に、妹のほうを村の創設者「壊す人」の巫女にすべく教育したのである。兄のほうは、東京の大学に入り作家となり、メキシコの大学の特別講座のために出張していて、そこで、妹に手紙を書き始める。それが、森の村の伝承の物語である。
 妹はナイトクラブのママをしていて、たぶん、モデルは時代的にニクソン大統領だろうが、落選中の日本滞在時の乱交パーティー出席をたてに面会を申し込み、四国の森の村の日本からの独立を依頼するのであるが、当然断られ、スキャンダルを知っているとして命を狙われて、行方不明という設定になっている。破天荒なことであるが、時代が下がれば、セックススキャンダルならクリントン大統領のほうがリアリティがあったろう。
 しかし、破天荒なのは妹の幼い時のことである。神社の便所は高い所にあって、糞尿は下に落ちるようになって、外の藪から覗けば用を足している様子が分かってしまう。性に関心を持つ少年たちが、兄である自分も含めて、そののぞき見をしていたというのである。これは、古事記で、大和に入った神武天皇が結婚する妃の誕生の物語をなぞっているのである。妃の母が川に渡してある便所に入った時、三輪山の神が川を下ってきて、そこで交わって妃が生まれたというのである。
 このような、極めつけの土俗的な妃の誕生譚はほかに知らない。といっても、多くの神話を知っているわけではないが、ギリシャ・ローマ神話、北欧神話、それに、旧約聖書には絶対ないだろう。せいぜい、風呂に入っているところをのぞき見して、強引に妻にしてしまったり(旧約)、金の雨となって王女を妊娠させたり(ギリシャ)程度で、エロチックではあるが、土俗的なことはない。アジア、アフリカ、中南米にはあるのだろうか。しかし、この物語に関連して、類話が引用されているのをみていない。
 私も、大江の小説をみて、改めて神武天皇記を思い出したので、今まで、あまり注目していなかったのだが。
 とにかく、大江は自己の領分である土俗性、肉体性において古事記なぞに負けていられないと考えたに違いない。
 そのほか、洪水に流されてきた糞尿が下流の家を囲むという糞尿譚。妹を強姦するエピソード。最後は、「燃えるように美しい恥毛で下腹部をかざっているほかは、全裸の体中をバターの色に輝かせて、その傍らには、再生し回復した犬ほどの大きさのものがつきそっていた。」という、里見八犬伝を思わせる場面で終わる。女性は、いかにセックス遍歴をしてもけがされることはない。大江健三郎のベアトリーチェ、永遠に女性なるものである。
 ベアトリーチェに肉体性はない。しかし、グロテスクが好きだという大江は、肉体のある故郷とその伝承を創造しようとしているのであろう。
2 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2011年06月>
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930