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2015年05月23日17:23

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ファンタジーの中へ(52) 宮部みゆき「理由」・・・あるような、ないような

 宮部みゆき「理由」新潮文庫2004(単行本1998)を読んだ。内容は、高級マンションのローンが払えなくなって、抵当権者(ローン会社)が裁判所に強制執行を申し立て、競売にかけられ、落札した買受人が来た時には元の持ち主ではない別の一家が占有していて(占有屋という職業があるらしい)、高額の移転料を払わないと出て行かないと主張している。これは執行妨害というのだそうだが、競売以前に借りていて競売にかけられることを知らなかったのであれば、借家人は占有の権利を主張できるのである。正当な買受人が、法の番人であるはずの裁判所の手続きに従っていて、入居できない、所有すなわち占有権ではないというおかしな現象が起きるのである。
 こうなったのは、競売にかけられた元の持ち主が、不動産屋から利益を得られると話を持ちかけられて、競売の前に貸してしまうというトリックを行ったからである。占有屋もその不動産屋が手配したのであった。
 で、これだけでは経済小説になってしまうので、宮部みゆきらしい推理小説仕立てにするために事件が起きる。占有屋の一家が全員殺されるのだが、警察が来て初めて、この一家が持ち主でないことが分かった。おまけに、この一家が何者なのか、マンションの管理人にも、お隣さんたちにも分からないのである。
 ストーリーは、警察の捜査の過程を追っていくというのでなく、ドキュメンタリー作家が事件の第一発見者やもっと重要な関係者の証言を組み立てて、何が起きたのかを明らかにしてゆくというものである。時代背景は、バブル景気が始まる中で、工場だった土地にマンション計画が建てられ、売り出された時にはバブルがはじけて、販売値段が下がり始める。好景気は永遠であると信じられ、土地や不動産の値段は上がる一方に見えていた。
 このマンションの一戸分を買った一家も、最初の値段より少し下がって得をした、自分にも高級マンションが帰ると思ったのであるが、有能で高給をもらう管理職だったのだが、贅沢をステイタスだと思い込んでしまった楽天的な夫婦だった。なんだか、似たような作曲家兼プロデューサーがいたような。
 一方、買受け人は、妻に馬鹿にされる気弱な人だったが、競売の不動産は安く手に入ることを知って、というのはこのような執行妨害の恐れがあるからなのだが、妻を見返すために買い受け人になったのである。
 問題の占有屋だが、年取って車いす生活の老母、その世話をしている夫婦と息子の4人暮らしで、ここを出されたら、老母の面倒をみることができない、と嘆くのである。人の好い買受け人それを見ては強いことが言えなくなってただ困ってしまう。
 で、一家殺人事件が起きて買受け人が行方不明、となれば当然犯人だと思われてしまうわけである。ただ、不審な点は、犯人らしい人物が逃げたエレベータ―に乗って自宅に帰って来た女性が血痕に気が付いていて、さらに、殺人のあった部屋の廊下を通ったときに男か女か分からない足が動くのを見ていたのである。その前後にマンションから落下する人物が目撃され、これが一家の息子と見られていた人物と思われていた。
 そのほかの重要人物は、元の持ち主に執行妨害を持ちかけた不動産屋である。彼は彼なりにローン会社に責められて家を取り上げられる家族や、行き場を失った家族に同情するという正義漢であった。
 というわけで、この小説は、バブル景気の不動産神話を背景として、弱くなった夫と強くなった妻を中心とした家族百態・百景を描いた社会風俗小説である。家族がこうなったのには戦後復興から始まったそれぞれの家庭の事情や理由がある、というのが「理由」という題名のついた由来だと思える。

 理由や動機といわれるものが、つきつめると頼りないものであることは、カミュ「異邦人」で明らかであった。本人の言ったという、そして検事や弁護士も信じた「太陽がまぶしかったから」という動機は、因果ではなく、ただ並列して(これを専門用語で何と言ったか?)太陽と殺人があったというものにすぎなかった。
 もっと、さかのぼれば、カフカ「審判」での処刑理由は本人もそうだろうが読者にも分からなかった。なんだか、手続きが進行してゆくだけだったような。同じく「城」の技師も何故城から呼ばれたのか、はっきりしたことは何も言ってくれないのである。お役所仕事?の形を借りて、生きる理由は誰も与えてくれないという宗教小説だったのか。 
 夫婦の行動も、犯罪の過程も、一連の行動の整合性や動機の連鎖を説明することは難しい。理由は曖昧にならざるを得ないと思われる。

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