mixiユーザー(id:34218852)

2013年11月13日14:18

1993 view

時代を越えて(15) 近衛文隆の生涯

 前に、アルハンゲリスキー「プリンス近衛殺人事件」新潮社2000 を読んだ関係で、気になっていた西木正明「夢顔さんによろしく 最後の貴公子・近衛文隆の生涯」集英社文庫上下(文芸春秋1999)を読んでみた。「殺人事件」はソ連抑留中の出来事が中心であるが、こちらは、召集令状を受けた1940年以降(下巻)と、アメリカ留学、首相秘書官、上海の東亜同文書院での国民政府工作員との恋愛など波乱万丈の前半生(上巻)など、生涯の全般にわたっている。家庭教師は白洲次郎、プリンストン時代の恩師がライシャワー教授(戦後の日本大使)、それに秘書官時代のゾルゲ、尾崎秀実、従兄弟が細川元首相など、生涯自体が歴史的人物に囲まれていたのである。

 「殺人事件」でも、彼の磊落で付き合いの良い性格は描かれていたが、ここでは、よく言えば快男児、悪く言えば野放図な生活ぶりが描かれていた。アメリカ留学中はゴルフ三昧でトップアマといえるほど腕をあげ、さらに、年上の未亡人との恋、アメリカの記者たちとの交流。中国へは、近衛首相が中国の戦況がいいことしか上がってこないことを疑って、名代として視察に出向いた上海のバーでトップホステスと恋に落ちる。
 さらに、中国通の尾崎秀実の影響もあるが、中国の研究を望み、翌年東亜同文書院に赴任する。本音は、恋を続けたかったのだが、別のホステスを紹介され、今度は結婚してもいいというほどほれ込んでしまう。そして、彼女の勧めで蒋介石政権との直接交渉のため重慶へ乗り込もうとするのだが、日本側の知るところとなり、日本に召喚され、さらに、懲罰として召集されてしまう。
 本来、首相秘書官など政府高官経験者には一般の召集はないはずだとのことである。

 下巻はほとんど「殺人事件」と重なっている。日本での出版は「夢顔」がすこし前だが、執筆はほとんど同時期のようである。参考文献には「殺人事件」はなかった。

 本書の最後は、夫の手紙に「よろしく」とあった「夢顔」とは誰のことか、未亡人となった正子夫人が関係者に訪ねて歩く場面であった。知っていたのは西園寺公一で、リヒアルト・ゾルゲのことと分かる。つまり、文隆はゾルゲや尾崎が逮捕され死刑の判決を受けたことは満州の兵営で知ったが、死の前年の1955年になっても死刑にが執行されたことを知らず、著者の西木は、ソ連当局へとりなしてもらうことに期待していたのだと推測しているようである。
 ところで、正子夫人は「ゆめがお」と読んでいたらしいが、私は「むがん」と音読していたので、上巻の後の方ですでに分かっていた。ゾルゲ、尾崎、西園寺との4人での宴会で、ゾルゲは生地がソ連のアゼルバイジャンのムガン平原なので、子供の頃のあだなは「ムガン」だったと言っていたからである。

 本書における近衛文麿は、定説のとおり日中戦争の不拡大を望んでいたが、ことごとく軍部の「統帥」に阻まれ、自身が重慶に乗り込んでの和平交渉はもちろん、顔が利く宮崎滔天の息子の派遣は途中で憲兵隊に逮捕されて失敗したというのである。
 また、文隆のソ連による逮捕、抑留の原因は、戦争末期の天皇への上奏で、早期に和平しないと共産革命が起きると警告した文書をソ連側が見て、日本側のソ連への戦争犯罪の証拠として有利に領土の分割などを進めようとしたことにあるという。直接、息子の文隆の口から確認しようとしたのである。

 本書で目立つのはスパイの活動であった。文隆には中国側のスパイが恋人になっていた。また、抑留中も、すぐそばにソ連のスパイとなった捕虜が友人として張り付いていた。そして、日本に帰せない捕虜には治療の名目での注射で病気を引き起こし、本来健康であった文隆が急死したのである。

 近衛文麿の行動については、なお謎である。ただ、重慶に行こうとしたのは文隆の独断だったのか、それとも文麿の暗黙の了解があったのか。流れからいって、機会があれば重慶へ、という期待があったのではなかろうか。
 ただ、その動きをことごとく妨害されるとはどうしたことだろうか。
 近衛首相は期待以上の予算を軍につけるので、軍の評判はよく、信頼もされていたわけで、そのための予算付けのはずが何の役にもたっていないのである。
 少なくとも、二股に保険をかけていたという疑いは残る。対して、文隆はソ連のスパイになることを拒絶したことで安楽死させられたのであった。
 橋本首相には中国のスパイがついているという噂が週刊誌にあったが、若いころによい仲になった女性がスパイで、それが明るみに出ると政治生命を失うため、情報を流さざるをえなかったというのである。本書で見る限り、女性に弱い文隆も、生き延びて政治家になったとしてもその罠にはまっていたかもしれないとも思える。
 
1 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2013年11月>
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930