三山喬「ホームレス歌人のいた冬」東海教育研究所2011（東海大学「望星」2010.8-2011.4連載を全面改稿） は、2008年12月から09年９月まで朝日歌壇に投稿し掲載された住所ホームレスの公田耕一氏を、住んでいると思われる横浜市中区寿町を中心に探索したルポルタージュである。
著者は1961年生で朝日新聞記者を退職して、フリージャーナリストとして南米に日系移民を取材した後、2007年に日本に戻っていた。著者が公田氏を取材しようと思ったのは、この歌人を通して日本のホームレス問題を明らかにしようとしたためであるが、むろん写楽のように彗星のように現れて消息を絶つというミステリアスな出来事に魅かれたこともある。ただ、歌には全く関心がなく、公田氏の歌にも魅かれるところはなかったとのことである。
取材はまず元同僚だった歌壇担当者からはじまった。担当者は住所不明の入選者を探すためもあって、著名記事で紙面に歌を紹介し公田氏に連絡してくれるようによびかけた。さらに、歌の内容で関係先と分かった寿町の福祉事務所にも照会したのだが、何の手がかりも得られなかったとのことであった。
結局、入選作２８首と記事等で紹介された８首だけが、公田氏をさがす手がかりだった。むろん投稿作はもっとあり、しかも通常は破棄されるものが特別に保管されているとのことだったが、プライバシー保護として閲覧は断られた。著者は、毎週二首投稿するとの趣旨の歌があったので、４０週×２首で８０首あったと推定したとのことである。１０か月足らずで８０首の投稿で２８首の入選は、記録的なもの。撰者によれば、年間１首の入選でも、投稿者は大喜びするとのことであった（朝日ではないが私は月に１首が念願なのだが）。
それに、四人の選者も本人がその気になるまで住所不明（本来は投稿資格を失うのだが）のままでよい、無理に探さないことで合意していた。
やむをえず著者三山は、公田氏の３８首にある地名や生活習慣を箇条書きし、そこからのアプローチによって取材活動をすることにした。
� 塀世蕕�い時計）を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ
��鍵持たぬ生活に慣れ年を越す今さら何を脱ぎ捨てたのか
�Ｆ�産をリストラになり流れ来たるブラジル人と隣りて眠る
�た読垤�通りと言へど親もなく親にもなれずただ立ち尽くす
�グイ靴�は寿町と言ふ地名長者町さえ隣りにはあり
�ι感僂痢崟屬い�つね」と迷ひつつ月曜だけ買ふ朝日新聞
��美しき星空の下眠りゆくグレコの唄を聴くは幻
�╋擦鯢造澎緡妬欷郤�けドヤ街も柩のやうな一室に居る
��温かき缶コーヒーを抱きて寝て覚めれば冷えしコーヒー啜る
��瓢箪の鉢植えを売る店先に軽風立てば瓢箪揺れる・・・最後の入選
これらの歌から著者は、ドヤ街の住人やホームレスに接近して情報を集めようとするが、しかし、ほとんどは他人に無関心であるし、また教えもしないのである。したがって、ここは赤の他人ばかりからなる町なのである。公田氏の歌にもその様子を詠んだものがあった。
�イ砲△觴�町はドヤ街であり福祉事務所がある。公田氏に関する直接間接の情報があるとすればここだということになる。
�い凌読垤�通りを知る人はかなり限られているはずである。
その他に図書館を詠んだものがあるが、これは野毛山公園下の市立図書館のはずである。
�，僚世蕕�い時計とはダリの「記憶の固執」にある曲がった時計である。ここから公田氏がかなりの教養の持ち主であることが分かる。
�△砲茲辰董�古くからの労務者やドヤ暮らしではなかったと推定される。2008年９月のリーマンショックにより行きどころを失ったのであろう。
�Г離哀譽海硫里魯轡礇鵐愁鵑任△蝓△靴�もはやった時期が特定できるものであった。これで公田氏が60-70歳と推定できる。
だいたいのプロファイルを以上のように推定し、福祉事務所や何人かの話のできるドヤ住まいの人に取材を進めていく。著者の狙いは公田氏の探索を梃子としてのホームレスやドヤ街のドキュメントであった。��のブラジル人も何人かいたらしいのだが、しかし、歌の詠まれた時期にブラジル人がいたという証拠をつかむことはできなかった。
また、図書館に来るドヤの人々に訊ねてもそれらしい人物を知っている人はいなかった。そもそも、朝日歌壇の歌に関心を示す人はいないのである。
福祉事務所では生活保護費の渡される日に、全部落としたと訴える人に出会った。これはパチンコで全部すったということなのだそうである。その証拠に、保護費のなくなってきたであろう時期にそんなことを言ってくる人はいないのだそうである。結局、生活保護は酒とパチンコに消える。寿町に住む人は心が折れていて、仕事があればホームレス問題が解決するということではないらしいことが分かってくる。
そんな中で、公田氏から事務所に一度だけ連絡が入ったことが分かった。「くでん」ですが、探しているとのことですが名乗る勇気がないので勘弁してください。との趣旨だったとのこと。・・・つまり、公田の読みはくでんだった。しかも、その地名が横浜にあるとのことなのだ。ということは公田氏は、そのくでんにゆかりのある人、意外にも近場の人ということになる。
そうしているうちに、親しくなったドヤの住人から、著者の言う特徴にぴったりの人がいるとの情報がもたらされた。著者はその人がいると言う古本屋で当人が出てくるのを待ち、朝日歌壇の公田氏を探しているとのだが、と告げた。意外なことにその人は、知っている。連載している望星も、おまけに朝日歌壇担当記者は大学の親しい同級生だった、しかし、自分は公田ではない、というのである。つまり、この人はホームレスなのであるが、朝日新聞に元同級生が公田氏の記事を署名入りでしたことから、ずっと注目していた、とのことであった。
この人の経歴は驚くべきものであった。元々資産家の息子だったが、若いころ神近市子のサポーターとなり、菅元首相とはそれ以来の仲だとのこと。ところが、不動産屋の投資話にだまされ家屋敷を抵当として持って行かれてしまったとのこと。生活保護を申請しないのは、市役所や県庁の役人には同級生が多くいて、顔を合わせるのが気が進まないから。つまり選挙運動（全部落ちて借金だけが残ったとのこと）や厚生連などの事務長として顔の知られた人だったのである。で、結局、捨ててある本を集めて古本屋で金に換え食費とするホームレスになったのである。
結局、公田（くでん）氏の手がかりはつかめなかった。しかし、著者は公田氏は、なお近くに住んでいるはずと推定している。その根拠は�┐硫里砲△襦Ｇ抃覲砲反巴任気譴譴弌⊃芭鼎鮗�けながら生活保護の対象になる。すぐに命の問題になるはずはない。したがって、純粋なホームレスだったのは数カ月である。その根拠として、�┐茲蠍紊硫里鷲�ずしもホームレスの生活をうたったものではない。特に、最後の歌は静かな描写であり、当初の緊迫感は失われていること、をあげている。
その後もホームレスで投稿しているが、多分、ドヤの住所を書いて名乗りを上げざるを得なくなるのがいやだったからだろう。しかし、それではウソをついていることになり、投稿をやめた、と言うことでないか。そして、撰者の先生が言うように、あれだけの歌を詠める人がやめたとは考えにくい、とのことであるから、人に知られずノートに書いているのでないか、というのが著者の推定である。
ということが著者の書いていることである。この公田氏探索はもともと無理なのである。なぜなら、朝日新聞としては公田氏を探さないと決めたのであるから。パパラッチと言われても、と著者は言うが、元朝日新聞記者としては、その意向に反することはできないだろう、と思われる。
で、結局は著者は公田氏の近くまで接近できたのだろう。しかし、話しかけることはしなかったし、見つけたともいわなかった。それをすれば本物のパパラッチが追跡するから。これだけやってもだめだった、としておくのが穏当なところなのだ。もともと、リーマンショック後のホームレスの状況のドキュメントにあったのだから。・・・というのが私の推測である。
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