先に見た、井口時男「危機と闘争」で、オウム真理教をめぐって気になる論点があった。
大江健三郎「燃えあがる緑の木」や「宙返り」は、彼岸（あちら側）の存在と教組への「信」を「異化」し解体して後、なお残る「魂のこと」を祈ることを主題としていて、これは同時にオウム真理教批判なのだというのである（p126の前後）。
対して、村上春樹が麻原彰晃を批判して、「彼は自分の中にあるアイデアやイメージがジャンクであるという認識を（中略）恐れなかった。彼はまわりにあるジャンクの部品を積極的にひっかきあつめて（中略）そこにひとつの流れを作り出すことができた」と述べたことについては、これを評価できるが、大塚英志「サブカルチャー文学論」がいうように、そのまま「村上春樹のこれまでの小説における方法論」であったとする。・・・つまり村上は天に唾するものだ、とのことである。
「海辺のカフカ」のキャラクター、悪しき力の化身たる「父、王」はウイスキーラベルの「ジョニー・ウォーカー」で、主人公をあちら側へ導く老賢者はケンタッキー・フライドチキンの看板人形「カーネル・サンダース」になっているのは、現代の「超越性」のシンボルがジャンクにすぎないことを暗示して、オウム批判のつもりでいるという。
しかし、本当の批判は物語への欲望自体への批判であって、キャラクターをジャンクにかえたところでオウムなどのつくりだす物語への根源的な批判にはならない、大江のしたような「異化作用」による物語批判でなければ、とのことのようである。
この論点には二つの疑問がある。
まず、� 嵜�」を疑い異化して、それでも残った「魂」の存在を信じる、というようなデカルトみたいな命題がなりたつのか、ということである。
��村上春樹はジャンクを批判しているのか。そもそも、麻原彰晃が、「ジョニー・ウォーカー」や「カーネル・サンダース」がジャンク（がらくた、まがいもの）なのだろうか。
�，砲弔い討蓮△修ΔいΔ茲Δ塀ゞ擬圓�いたのかどうか示してもらいたい。「信」を疑うことは可能、というよりほとんどの人が疑っているのではないか。しかし、不合理ゆえに我信ず、という反転（転向）の時があることも事実だろう。合理的思考だけでは、そもそも命の活動が分からないから。たとえば、通常は不信心でも、雄大な美しい風景を見たり、その中の一部だと思われた時、「暗夜行路」の伯耆大山でのラストみたいに永遠が信じられるようになるのでないのか。
信じたいが信じられない・・・その心の隙に悪魔・麻原彰晃に、ヒトラーに出会ってしまった。そして、地獄を見た。という論理で著者の井口は麻原（やヒトラー）現象を捉えているようだが、これは彼らの猪突猛進した結果だけをみた論理ではなかろうか。麻原は本来は密教系の修行者であって、その論理や行動に不審なところはない。したがって、麻原を信じて修行している人がいても不思議はないだろう。ヒトラーにしても経済・産業政策では歴史に残っているわけである。問題は彼らが暴走しても、それ以前の業績が目覚ましかっただけに、止めることができなかったところにある。
少し前になるが、ヒトラーの最後の一週間を映画にして、彼の人間味を表現したことが話題になっていたが、そんなことはあたりまえではないのか。映画になるようなテーマではない。
�△砲弔い董�ジャンクを現代アートにしたのは、マルセル・デュシャン（1887-1968）が小便器をそのまま「泉」となづけて展覧会に出品したことに始まる。この時のスキャンダルに対して、彼は、「・・・製作したかどうかではなく、日用品を選びそれを新しい主観と観点のもと、その有用性が消失するようにした。そのオブジェについての新しい思考を創造したのだ」と弁明している。
この論理はそのまま村上春樹に当てはまるのではないか。救い主が伯耆大山でなくカーネル・サンダースだと言うのは、より現代的だとの理由から選んだのだろう。どちらも元の意味を離れて新しい意味が与えられている。村上の場合はありふれた広告媒体に善悪の両方の意味を与えたが、現代人がそうしているだろうと考えたからに違いない。
つまり村上の新しさは伝統的な自然の意味づけから、広告媒体を意味づけて生きていくであろうように現代人を描いたところにある。「羊をめぐる冒険」の羊男もバイオテクノロジーやバイオハザードの時代背景を写そうとしたキャラクターと考えられる。俳句で言えば自然を詠む虚子から練り歯磨きを読む俵万智への移行である。
ところで、麻原がジャンクを集めたというのは言いすぎであろう。最後の段階で宗教学者の島田裕巳にサリン製造のサティアンを宗教施設だと証言してもらうために、はりぼての仏像を急造したという印象に影響されているのでないか。先にも言ったが、修行法自体はまっとうなものに違いない。
それにジャンクだからいかんと言うのでは、現代アートは成り立たないに違いない。私は好きではないからどうでもよいのだが。
それに異化作用もたまにあるから覚睡効果があるので、大江のように頻繁に用いていれば慣れてしまうおそれがある。現代アートと同じように。
それに物語批判もそれだけではおもしろくない。それで大江は現実のモデル、つまりノーベル賞を受賞した自分自身を持ち込むのだろうか。
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