mixiユーザー(id:34218852)

2012年01月17日22:26

37 view

時代の中で(20)  出口なし

 椎名麟三の「深夜の酒宴」「重き流れの中に」1947年、「懲役人の告発」1969年 を読んだ。前の二つは出世作で、「懲役人」は中村真一郎の解説で代表作とされていた。主人公で語り手は共通したキャラクターで、作者自身をモデルとした底辺の勤労青年である。
 「酒宴」と「流れ」の二つは、状況も物語もほとんど同じで、前者では、主人公は伯父の安アパートに寄宿して、その経営する露店で働いている。青年が語るのは、将来展望のない自身と猛烈に不機嫌な伯父を含めたアパートの住人の底辺の生活である。
 伯父の攻撃対象は、恩知らずでやる気のない主人公と、妾の(今はもう死んでいる)娘で、だらしのない女性である。題名の由来の「酒宴」とは、二人とも出て行けと言われて、ああ出ていくと二人で飲み明かした、ということである。この女性の仕事であるが、アパートで客を取っているとのこと。今はこれだけでは何のことか分からないが、どうも売春婦らしいのである。普通のアパートで売春してよいのだろうか。しかも、伯父のもとで。多分、そんなことは問題にならなかったのかも知れないが、伯父に追い出される理由がはっきりわからない。
 「流れ」の方では、主人公の住むのは二軒長屋で、普通の会社に勤めている。語られるのは中風の家主の家族と、間借り人である。その一人は妾になっていて若いが陽気な旦那が時々たずねてくる状態であったのだが、旦那が病気になって来なくなったらしいのである。しかし、女は生活力があり、すぐに別の旦那を見つけるだろうとされている。
 「懲役人」では、主人公は、父の家に住み、伯父の工場で働いている。そのわずかな稼ぎが父の家族の生活費になる。父は養女だった少女を、さらに弟(主人公の伯父)のもとに養女に出したのだが、十二歳になり初潮のあった少女を取り戻すと毎日工場へおしかける。伯父は、金もないのに酌婦にするつもりだと、許さない。結局、父は少女をレイプして自殺。伯父は少女を撃ち殺して逮捕という悲惨な状態になる。なぜこうなったのかよくわからないのだが、この少女が魔性の女、つまりロリータなのでないかと思う。
 ウラジミール・ナボコフ「ロリータ」1955年で、河出書房からの翻訳出版が1959年とのことだから、その影響であろう。もう一つは、ドストエフスキー「永遠の夫」、こちらは愛する夫人に死なれた夫が、実は夫人は友人と浮気していて、かわいい娘の実の親は、その友人だということを発見する。
 怒り悩むのだが、気の弱い夫は、友人の裏切りを憎み、非難するというより、友人に付きまとうストーカーになる。愛する父にわけも分からず棄てられたも同然の少女は心痛のあまり急死するという悲劇となる。しかし、ラストの少女の死までは、人間喜劇としておもしろく読める。
 椎名のものはいずれも出口の見えない暗い状況が語られている。どうすればよいのか。作者は「神に頼るしかないだろう」と言いたいのだが、小説の中ではそうはっきりとは言わない。読者に任せているのである。考えてみれば、この長い不況での正社員の減少に失業、津波に原子炉の事故、子どもへの虐待。今もまた、椎名の描いた状況が再現されているようである。
0 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2012年01月>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031