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2007年03月10日20:36

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近藤ようこ「兄 帰る」を読む

デビュー当時、まだ20代前半だった近藤ようこは「許せない」作家だった。
いくぶんかの性的描写さえあれば、あとはなんでもありの三流劇画雑誌で、
平気で女をもてあそぶことができる男の身勝手さを「許せない」と告発し、
そんな男に引きずられてしまう自分が「許せない」と述懐し、
そもそも産む性を持つ肉体として生きること自体が苦しく、
「許せない」と感じることさえあると告白することで人気が出た。

時がたつにつれ、女と男の間の底知れぬ闇を掻き回すことはなくなり、
生きづらい人生でもどう生きていくべきかを指し示すような、
静かに優しい光がさすような作風に変わっていった。

この作品は、近藤ようこにしては珍しい「謎解きもの」である。
三年前に突然失踪した男が交通事故で死んだと知らされ、
その婚約者と家族(母・妹・弟)が男の遺品を手がかりに
失踪の謎をさぐるという形になっている。

全くわからなかった男の足取りは、婚約者や家族の手によって、
少しずつだが明らかになっていく。
残されたものにとっては空白でしかなかった男の時間は、
思いのほか豊かな人々との出会いがあったようだ。
婚約者や家族は、彼らが知らなかった男の思い出を聞くことを通して、
男の出会いを追体験することになる。

すべてが明らかになったとき、
婚約者や家族は失踪の謎を探る前とは少しだけ変わることができた。
長い間ノドにささったホネがとれてしまうように、
男の失踪を許すことで自分の中の何かを許すことができたのだろう。
男はけっして戻ってくることはなかったが、
一人ひとりに大切なものを残すことになった。

そして、この失踪した男を「許す」という物語は、
「許せない」から出発した近藤ようこが、
いかにして「許す」作家になったのかをコンパクトに見せてくれた。

「許す」ことによって初めて、大切な一歩を踏み出せることもあるのだ。
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