１枚目 千住大橋 行く春や鳥啼き魚の目に涙
２枚目 根岸の子規庵
３枚目 西東三鬼「神戸」のトア・ロード
著者は1948年生、フリーランスの編集者。1988年から2001年まで俳人の三橋敏雄に師事。句集「石」。
妙な題だが、俳人全部を批判していることによるようだ。一番の批判は虚子なのだが、虚子にも良い俳句があるしということで、結局全部を批判し、全部にいいところがあるとするので、分かりにくい。ただ、そう思って読めば解説書になっているし、俳句の変遷もよく分かる。
第１章 俳句の出自と芭蕉
貞門俳諧は笑いの要素を入れるが低俗化は避けたが、当時興隆していた談林俳諧は低俗化も許容した。
それを受けて芭蕉は俳句を精神の高みに上げるとともに、笑いなど人間の自然も取り込み、俳句を精神と肉体の全体を表現するものにした。
・古池や蛙飛び込む水の音、・朝顔に我は飯食う男かな
「行く春や鳥啼き魚の目に涙」に始まる「奥の細道」で俳句の全体像を提示した。
江戸時代には、鬼貫、蕪村、一茶がいるが、芭蕉の全体に対して、一面に特殊化している。
第２章 子規の俳句革新
・赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり ・・・（海風）東京の下町谷根千（谷中、根岸、千駄木）から筑波山が見えたわけである。野球をしていた上野の山か、向ヶ丘かもしれないが。
・柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺 ・・・（海風）日常の中に突然永遠が侵入してくる。芭蕉の古池の蛙が、突然過去を知らしめるように。
・夏草やベースボールの人遠し、
�〇匍�の写生
画家の中村不折に教えられた西洋画の基本スケッチを俳句に適用した。
しかし空想も排除せず、写実と共に、「非空非実」の文学をめざす。
ただし、夕顔の花の写生のなかに、源氏物語以来の美意識を混入させない。
��虚子の客観写生
写生を客観のみに限定するが、夕顔の写生には歴史的美意識も認めるべきである。
★海風注：つまり虚子は「源氏物語」は客観的存在であり、その鑑賞・受容の仕方（他人の空想）もまた客観的美意識になっているとする。それに対して、子規の写生は、自分の見た目と心の目（自分の空想）に写ったものを対象とする。著者の中村は、子規の理想を追求すべきだとする。
第３章 経営者・虚子の功罪
�〃弍勅圓箸靴討竜�子
ホトトギスを（お花や華道と同じ）家元制の結社にして、自身は独裁者となる。
季題、客観写生、花鳥諷詠を指導理念とする。女性には「台所俳句」を作るように勧めた。
俳句のすそ野を広げることで経営を安定させたのである。
�∈郤圓箸靴討竜�子
ただし、子規との論争の中で客観写生の中に古典の美意識も含めると主張したが、自身の代表作には目に見えた景色のスケッチだけで作っている。
・遠山に日の当たりたる枯野かな、・流れゆく大根の葉の早さかな
・落花生喰ひつつ読むや罪と罰（これに影響を受けたと思える：中村草田男 葡萄食ふ 一語一語の如くにて）
・大根を水くしゃくしゃにして洗ふ、・茎右往左往菓子器のさくらんぼ
・ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に（これに影響を受けたのでないか：森澄雄 ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに）
★海風注：著者の中村は、これを主観的・主情的というのだが、写生の範囲を狭く取りすぎている。印象派以来写生は主観的主情的になったはずではないのか。むろん画学生の練習には写実主義の写生が必要であるが、（人類共通の客観的と主張する）写実主義は一時期の歴史で終わった。実際は、それぞれの人間の経験に元づく「印象」を見ているのである。
★海風注：著者の中村は、虚子も金儲け主義の家元制の「悪」を自覚してニヒリズムになっていると見ている。それで、虚子「初空や大悪人虚子の頭上に」などをあげているが、これは僧の戒を破って結婚宣言をした親鸞に自身をなぞらえているのである。もっとはっきりした「虚子一人銀河と共に西へ（極楽浄土へ）行く」もある。
むしろ、自分一人罪をかぶって、後進の道を開いた（俳句で生活できるようにした）という歴史的偉業を自賛しているのである。ニヒリズムなどではなく功成り名を遂げた老人の無邪気というべきだろう。
第４章 水原秋桜子、山口誓子の影響
�ゝ�子が俗物でも商売人でも、それでも天才的な俳人が続出した。
村上鬼城 ・生きかはり死にかはりして打つ田かな、・冬蜂の死にどころなく歩きけり
飯田蛇笏 ・芋の露連山影を正しうす
前田普羅 ・春尽きて山みな甲斐に走りけり
原 石鼎 ・花影婆娑と踏むべくありぬ岨の月、・蔓踏んで一山の露動きけり
�△靴�し、水原秋櫻子は虚子（ホトトギス）と対立して1931年に脱退し、「馬酔木」を創刊した。ホトトギス発足以来初めての分裂だった。1935年には山口誓子、橋本多佳子が「馬酔木」へ移り、それと関係するのかどうか、虚子は1936年に、日野草城や杉田久女をホトトギスから除名した。理由不明とされているが、先に脱会した多佳子は久女の弟子だったのである。（久女の代表作の一つ「谺して山ほととぎすほしいまゝ」1931年 は独裁者から逆心アリとみられても仕方がないと、私海風には思える。）
➂虚子と秋櫻子の対立の原因
水原秋櫻子 ・高嶺星蚕飼の村は寝しづまり、・啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々
山口誓子 流氷や宗谷の門波荒れやまず
高野素十 ・方丈の大庇より春の蝶、・甘草の芽のとびとびのひとならび
虚子が秋櫻子よりも素十の「甘草」を上だとしたことで、秋櫻子は草の芽の付き方を写生してどんな意味があると批判したのである。
�だ鐐阿砲蓮▲曠肇肇�ス最後の天才というべき中村草田男が現れた。
・蟾蜍長子家去る由もなし、・降る雪や明治は遠くなりにけり、・萬緑の中や吾子の歯生え初むる。
著者の中村裕は、草田男には社会性がない、家庭俳句だと批判するのだが、関心の向き方は人それぞれであり、だからこそ個性的な俳句になって、芸術も生まれるはず。
第５章 新興俳句運動
「馬酔木」から虚子と対決する新興俳句運動のリーダーが台頭した。山口聖子や高屋窓秋である。
�々皺袷觸� ・頭の中で白い夏野になつてゐる（昭和７年）、・ちるさくら海あをければ海へちる、
しかし窓秋は昭和10年に「馬酔木」を脱会した。産婦人科の水原豊（秋櫻子）が宮内庁の侍医になったからだった。
��波郷と楸邨
石田波郷（昭和８年、20歳） バスを待ち大路の春をうたがはず
波郷は窓秋と違って保守的であるが、新興俳句を代表する渡邊白泉や西東三鬼としたしくしていた。戦後は境涯俳句、療養俳句で人気を得た。
加藤楸邨 ・鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる、・木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ
彼の主催する「寒雷」は、金子兜太や森澄雄の師匠として大勢力になったが、大した俳句は作っていない。俳句評論家の山本健吉は「人間探求派」とするのだが、芸術は皆そうだろう。
➂新興俳句への弾圧
山口誓子 ・夏草に汽罐車の車輪来て止まる
篠原鳳作 ・しんしんと肺碧きまで海の旅（無季俳句）
西東三鬼 ・水枕ガバリと寒い海がある、・中年や遠くみのれる夜の桃
富沢赤黄男 ・蝶落ちて大音響の結氷期（「天の狼」1941年所収）
彼は皇国イデオロギーに染まった陸軍中尉だったが。
俳句評論家の山本健吉
昭和14年、改造社「俳句研究」で、山本健吉は楸邨、草田男、波郷、篠原梵を人間探求派と規定した。楸邨と波郷は新興俳句だったはずだが、山本健吉は新興俳句から切り離して彼らを救ったのである。その翌年に新興俳句は弾圧された。
京大俳句への新興俳句弾圧事件
三鬼も連座して治安維持法違反で逮捕された。
1977年（昭和52）NHKドラマ「冬の桃」は、この頃の自伝「神戸」が原作となっている。私海風も見ていた。この頃杉田久女もドラマになった。
★海風：まとめ
著者の中村は、「京大俳句事件は、季語の入らない俳句、定型を破った俳句を作っただけで危険分子とみなす異様な時代だった」と言うのだが、それでは特高警察を馬鹿にしすぎではないか。むろん、特高警察のターゲットは共産党と大学に多かったシンパのはず。新興俳句運動の中にシンパがいると言う疑いか、告げ口があったのだろう。
それに戦争に協力したとか、いちいち指摘するのだが、当時の世界は大英帝国が多くの植民地を支配していた。その大英帝国と英国に協力するアメリカへの戦いという意味もあったのである。問題は資源も実力もないのに戦いを挑んだことにある。
確かに、戦後は戦争協力者を摘発する動きが文学者や芸術家の間に起きたのだが、それで利益を得るのは革命を起こしたい社会主義者だった。
山本健吉は俳句会を率いたといえる人物で、私も解説書や彼の選になる季語集を持っている。その「夏野」をみれば、そこに高屋窓秋の「頭の中で白い夏野になつてゐる（昭和７年）」は入っていない。それに解説書「現代俳句」には窓秋は３句取られているだけで、窓秋は「頭の中で」幻影になって実体が感じられないと厳しい。確かに著者の中村裕も、夏野の緑や他の原色と交じって白になると言っているが、これでは理屈にすぎない。
土浦の古くて暗い病院が、郊外に大病院となって新築移転した時に、私は「病院が立つ純白に立つ夏野」とやって新聞に入選したが、選者は窓秋の句を思い出すと言ってくれた。全くの写生なのだが、どこかで影響を受けたのだろう。
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