大阪の「萩尾望都展」で手に入れた本。
1993年9月11日に三重県明和町で開催された一夜限りの野外劇「斎王夢語」の脚本に、
「斎王夢語」の創作メモ(クロッキーノート)や直筆原稿などを集めた本である。
1994年に一度刊行していたものを26年ぶりに再編集して昨年刊行されたものだ。
そういえば、芸術新潮の「大特集・萩尾望都」でも告知されていた。
明和町は伊勢市に隣接しており、かつて伊勢神宮の斎宮が置かれていた地である。
その遺跡が発掘され、博物館もできて、ちょうど式年遷宮にもあたるからということで、
なぜか萩尾望都に脚本の依頼がきたらしい。
戯曲は5幕仕立てで、伊勢神宮の祭神アマテラス(本来の姿である男神だ)の側にいて、
巫女、もしくは神の花嫁として暮らす5人の斎王の物語だ。
遺跡を発掘したと思われる学者を狂言回しとしながら、
順次、5人の斎王を呼び起こし、夢のようにはかない物語が繰り広げられる。
アマテラスの御杖代・倭姫は、泣く泣く倭(やまと)を離れ安住の地・伊勢へ導いた。
許されざる恋にとまどう稚足姫は、誤解と讒言で不幸な最期を選ばざるを得なかった。
争いを望まない大伯皇女は、愛しい弟・大津皇子のためにアマテラスを頼れなかった。
幼心のまま大人になった井上内親王は、都に戻され結婚するも数奇な運命をたどる。
最後の斎王に選ばれた祥子内親王は、とうとう伊勢に入ることもかなわなかった。
不慣れな(はずの)脚本ということで少々心配したが、完全に余計なお世話。
もともと演劇やバレエになじみのある萩尾望都だけに、
印象的かつ理解しやすいセリフで一つ一つの場面を粒立てて、
間をコロスによる万葉集の歌や学者のセリフで補いながら、きれいにまとめている。
しかも、巻頭には舞台装置や演出に対する注文もついていて、
すでに一つの劇として萩尾望都の中で完成している映像を、
改めて脚本に落とし込んでいるかのようだった。
脚本だけで136ページ、野外劇は3時間に及んだ。
人口2万人の町なのに会場には3万人が集まったらしい。
こんなことを27年前の萩尾望都はやっていたのである。
ご本人も、「あとがき」で、「急遽、卑弥呼の時代から調べ始め」たとか、
「当時はまだ本や資料を集中して読み、記憶し、資料のない部分は推察」できたが、
「多分今はできないでしょう」と書いている。
「仕事には丁度いい時期というものかあるなあ」と述懐しているほど、
萩尾望都にとっても「昔の仕事」なのだった。
本当に27年遅れで申し訳なかったのたが、
そんな話をチラリと聞いていたものの、すっかり忘れてしまっていた野外劇を、
今頃になって臨場感とともに再現してもらったような感がある。
それは、斎宮の遺跡を発掘していくことで
次々と斎王の歴史の細部がよみがえっていったように、
どこかに埋もれていた萩尾望都の野外劇「斎王夢語」をもう一度発掘して、
私たちの目の前で演じてくれたかのようだった。
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