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2019年08月21日15:51

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中川裕「アイヌ文化で読み解く<ゴールデンカムイ>」を読む

実は、あわてて「アイヌと縄文」のレビューを書いたのは、この本を読んだせいだ。
話題のマンガ「コームデンカムイ」のアイヌ語監修者にして千葉大学教授の中川裕が、
アイヌ文化・アイヌ語の研究者の立場で「ゴールデンカムイ」を解説した新書である。

著者の中川裕は1955年生まれで、1995年に「アイヌ語千歳方言辞典」を著すなど、
門外漢でよくわかっていないのだが、きっとアイヌ語研究の大家であり権威だ。
そう言う点では、いかに「ゴールデンカムイ」が意欲作であり、
精緻にアイヌ文化を描写(しようと)しているとしても、
こんな本当にエラい学者が、監修までつとめてくれるというのは本当に大したことだ。

著者が初めて野田サトルと編集者と会った時、すでに第一話の原稿が出来上がっていて、
(まだ名前も決まっていない)アシリパの魅力と正確な描写に、
「これは、いける!」と思ったらしい。

かくして、「ゴールデンカムイ」のアイヌ語監修を引き受けた著者だが、
このアイヌ語監修というのが、なかなかに大変な仕事だった。

というのも、アイヌ語の母語話者はほとんどいないためネイティヴチェックもできず、
最初の舞台だった小樽周辺については使われていた言葉がほとんどわかっていないため、
周辺の方言を見比べながら小樽方言の創作に近いことをしたとか、
(時代劇におはぐろの女性が登場しないように)フィクションの部分は割り切りつつ、
それでも連載はどんどん進んでいくので、メノコイタというまな板の大きさについては、
単行本の段階で絵の修正をお願いしたという例もあるほどだ。

しかしながら、この本は「アイヌ語監修は、つらいよ」という本ではない。
・クマや魚から道具や火に至るまで、人間界をとりまくすべてがカムイであること
・動物や植物などに見えているものはカムイの衣装であり、人間へのお土産であること
・カムイが気に入らないと矢はクマに当たらず、お土産の肉や毛皮ももらえないので、
人間はカムイに贈り物をささげて感謝し、祈りによって招待しなければならないこと

・近隣諸国との交易、特に鉄製品の流通でアイヌ文化が成立したと考えられること
・北海道以外にも文化が異なる樺太アイヌと千島アイヌ、東北アイヌがいたこと
・松前藩の成立で自由貿易が出来なくなり、二度の戦いに敗れて力を失ったこと
・明治政府はアイヌの存在を無視するかのように開拓と土地の払い下げを続け、
シカやサケの禁漁や入れ墨・ニンカリ(ピアス)の禁止により文化も破壊されたこと

・幼児期は名前は付けず、誤って別人の災厄が来ないように同じ名前は付けないこと
・アシリパは「新年」、キロランケは「力がある」、インカラマッは「見る女」の
意味であること(こうした名づけにも、監修者は関与する。)
・村同士の争いごとの解決も、カムイとの交信も、言葉を尽くすことで行われること

・ウエペケレなどと呼ばれる散文説話や、カムイユカラなどと呼ばれるカムイの歌や、
ユカラなどと呼ばれる英雄たちの叙事詩的な冒険物語などが口承で残されていること
・あらゆる物に魂があり、死者の道具も傷つけて殺し、死者ともに魂の世界に送ること
・家の上座に窓があり、その外側にカムイを祀る祭壇があること
などが、要所で「ゴールデンカムイ」の場面を引用しながら紹介される。

食事や狩猟については、「ゴールデンカムイ」での描写からスタートして、
時にアイヌのおばあちゃんの言葉を引用しながら、その本当のところを解説する。
本来、アイヌ社会では男女の仕事は明確に分かれていて、女性は狩りをしないが、
兄が殺されたために狩りの名手として育てられた女性がいたという記録もあるため、
狩猟をしているアシリパの描写があながち誤りだというわけではないらしい。

最後に、アイヌ語の現状が語られる。
アイヌ語と日本語は全く異なる言葉だが、
1000年以上も隣人関係にあって、言葉のやり取りがあったことも間違いない。
ちなみに、コンブ・ラッコ・トナカイはアイヌ語由来の日本語だそうだ。

とはいえ、アイヌ語だけで生活するようなコミュニティはなく、
アイヌ語で日常会話をする人もいなくなっている。
ユネスコの「消滅の危機にある言語・方言」によれば、
アイヌ語は与那国方言や八丈方言とともに「極めて深刻」な状態にある言語とされる。

そんなアイヌ語やアイヌ文化を、これからどう復興させていこうかというときに、
この「ゴールデンカムイ」が登場したわけで、
著者が「これは、いける!」と監修を引き受けたのも理解できるところだ。

つまり、「ゴールデンカムイ」(と、その成功によるアイヌ文化への関心の高まり)は、
それほどまでに関係者に歓迎され、期待されているということだ。
いろいろアレな描写があるところは、まあ、よいとして。
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