一橋文哉「餃子の王将 社長射殺事件」角川書店2014
本名など身元に関する個人情報は非公開とある。著者のノンフィクションは未解決の殺人事件などを含んでいるために（他に、グリコ・森永事件）、すべて匿名にしているのだと思う。
餃子の王将は京都から始まったとのことで、私も知っていたが、時々、やはり餃子の「眠眠」と混同してしまう。こちらも京都にあったし、思い出せば京都にいるときに食べたことがあるのは眠眠の方だった。王将をよく食べていたのは、栗東インターチェンジと鈴鹿峠の間にあった店だった。２−３年三重県の方へ転勤していた関係で、広島県福山市との間を年に何回か往復していたのである。
ということで、2013年の年末にその社長が殺されたニュースに驚いた次第である。
餃子の王将は1967年（昭和42）に加藤朝雄氏（1924年生福岡県飯塚市）によって京都の四条大宮で創業された（眠眠は大阪で昭和28年創業）。射殺された４代目社長の大東隆行氏（1941年生大阪市）は姉が加藤氏に嫁いでいた関係で創業直後から王将を手伝って、ほとんど一心同体の関係で全国展開に力を尽くしていた。
義兄の初代社長が1993年に急死し、外部からの社長が２代目を継いだが翌年には、長男の潔氏が３代目社長になった。
王将はセントラル・キッチンによるコストダウンと各店独自の手作り感のある調理やメニューを両立させることで人気を博していたのだが、ファミリー・レストランとのコスト競争のため、３代目社長は全店舗を同一メニューとしてファミ・レスと同じく工場で調理して店舗に配達するシステムに転換した。さらに、当時のバブル景気に乗るようにゴルフ場など土地取引などに多角化したのである。そして、バブルがはじけ王将も大きな負債を抱えてしまい、その後始末に創業者の同志というべき大東氏が社長に引っ張り出されることになった。
４代目大東氏のしたことは、味にこだわった初代社長への原点回帰だった。ゴルフ場などすべて損切して元の王将スタイルに戻して、新生・王将は勢いを取り戻したのである。
その社長がなぜ殺されたのか。しかも、いまだに犯人を逮捕できない謎の事件なのである。大東氏が憎まれていたのか、いや、王将自体か、創業家との複雑な関係が絡んでいるのか、それとも創業者に問題があったのか。著者は鍵を求めて過去にさかのぼってゆく。
2000年（平成12）４月、社長に就任した大東氏の最初の仕事は、全販売額を上回る約470億円の有利子負債だった。それ以前に、50億円の社債の償還期限が迫っていた。直ちに大口の出資者を見つけねば倒産は必至だった。
�，修了�、王将のまわりには、一旦破綻させて解体した王将の資産を自分たちで運用しようとする動きと、支援することで恩を売って利益を吸い上げていこうとする動きがあった。
しかし、大東氏は公私にわたる交友関係の中から26憶円の第三者割当増資を引き受けてもらい、さらに、複数の友人たちが50憶円の投資を約束してくれたという証言がある。
それは信じられることなのか。このあたりに王将事件の真相があるようにみえる。
��王将はリストラなし賞与支給で再建を果たしたという美談があるのだが、その裏にはブラック企業といってよいほどのサービス残業・長時間労働、地獄の研修があった。それを乗り越えて業績を発展させた店には、特別賞与やハワイ研修が与えられたが、脱落する店長もいて、その場合は降格、減給が待っていた。警察は、彼等の恨みがあったのではとして、会社側にその情報を求めたのだが、会社側はそれはないし個人情報は出せないとして非協力で応じてきた。
��ファミ・レスなどでも同じだが、繁華街に新規出店する場合には公的機関はもちろん、地元の商店街や有力者、さらに暴力団にも根回ししなければならなかった。王将の急拡大のためには、初代社長と同郷で古くから親交のあった京都の不動産会社（U）社長が当たってきた。しかし、大東氏が社長になった後、その社長との関係はなくなり、王将が直接交渉に当たることになったのだが、やはりトラブルが多発するようになった。
嫌がらせをした中に、半グレ集団「怒羅権（ドラゴン）」があった。彼らは、在日中国残留孤児二、三世の子弟からなっていた。そして、同じく半グレ集団「関東連合」とも盟友関係があった。
�ぢ臈貅卍梗融�事件は、暴力団や闇社会が王将の持つ資産や利権を狙った経済事件であるとの認識で、捜査本部も公安当局さらに警察庁も一致している。不満を持つ経済人と暴力団が組むという構図は九州の工藤会の事件とダブるものがある。
福岡県は王将初代社長と盟友だった不動産会社（U）社長の出身地であり、王将もその地への進出に力を入れていたが、その動きに反発したのが工藤会だった。
�ド堝飴魂饉�U社長への迂回融資
三代目社長の時に、王将は百パーセント子会社のキングランドに設備資金として103憶円を貸し付けたが、実際に使われたのは16憶円で残りはＵ社に回っていた。大東社長が不良債権に大ナタを振るった時に判明したのである。
�γ羚颪琉�
ある社員によれば、大東社長の殺される前に不審な動きや言葉を聞いたという。習慣であった自転車での散歩からあわてて帰ってきて不機嫌に黙り込んでいたり、「コクドー」ってなんやという独り言を聞いたというのである。
このエピソードは本書の最後の方で明かされるのだが、著者はその意味を求めて新宿歌舞伎町の中華料理店を訪れたらしいのである。紹介してくれたのは、暴力団とチャイニーズマフィアという日中両国の犯罪組織を仲介しているブローカー「林」である。
会ってくれたのは白髪の老婦人で「林（リン）」と名乗った。満州生まれの日本人で、終戦の時に親しくしていた中国人に預けられて残留孤児になり、1980年代に日本にやってきたという。
で、なかなか知りたいことと彼女の話が繋がらなかったのだが、最後に、終戦前によく家に来ていた若い憲兵の名前が「カトウ・アサオ」だったというのである。彼女がそれを思い出したのは、日本で「カリスマ経営者加藤朝雄」の名を見つけた時だった。
ブローカーの「林」は、コクドーは「黒道」だと教えてくれた。それは中国の「一人っ子」政策に反して生まれた二人目、三人目の戸籍のない人間のことだった。彼らは、マフィアになったり日本人との偽装結婚で国籍を取ったりしているという。
王将は大連にも進出したのだが、そのあたりで大東社長は知らなかったのだが「黒道」との関係ができたらしいのである。
そして、大東社長の射殺犯は、「抱き着きのリン（相手の懐に飛び込んで撃つことから）」とあだ名される若い女性が疑わしい。防犯カメラに映った影は小柄な人間だった。その人物はオートバイで現場を去っていった。同時に、乗用車も去っていった。こちらは見張り役だったらしい。そして、事件当日、若い女性が中国へとんぼ返りしていたのである。
女性が疑われる理由の一つに、拳銃が25口径だったことがある。暴力団などは34口径を使って、頭に一発で確実に殺す。25口径では殺傷能力が低く、死ぬ前に誰かに発見されて犯人の様子を告げる危険があった。一方、25口径は女性でも扱いやすく、欧米では護身用に所持されることが多いのである。
☆海風：まとめ
本書の要約は難しい。何しろ、いまだに犯人が特定できないために、著者も疑わしい動きを列挙していき、収束するというよりその範囲が広がっていくからである。
ブラック企業で従業員から恨まれていた可能性にも一章が割かれているのだが、だからと言って社長を殺してどうなるというものでもないだろう。レストランへの嫌がらせなら、いくらでも方法があるだろう。
ということで、
�／卦�開店をめぐる調整問題や腐れ縁から生じた不良債権をバッサリ切ったこと。
破綻しかけた王将に群がった暴力団などがしつこく絡んでいたこと。
・・・これらの点については、会社側も一部の人間しか知られていないようだし、そもそも話したくないことであって、警察にも協力しないに違いない。
大会社が傷ついて破たんする時にピラニアのように食いつくのか、それとも、食いつかれて傷つくのか、両方あるのかもしれない。
「風と共に去りぬ」でバトラー船長は、北部の封鎖をかいくぐって物資を運んで（南部同盟の）愛国者として英雄として紹介されるのだが、スカーレットには「儲けることができるのは国が興隆する時か、滅びる時だ。今南部が滅びつつある。稼ぎ時だよ」、と言ってのけ、彼女を怒らせていたことを思い出した。これを読んだときは悪い冗談かと思っていたが、どうやら本当のことらしい。企業の破たんの影に犯罪がある。池井戸潤の銀行小説でも重要なモチーフになっている。
�▲劵奪肇泪鵑箸靴特羚颯泪侫�ア（戸籍のない黒道など）が使われること。この場合は、かなりの金を支払わなければならないだろう。工藤会など日本の暴力団と相互に利用しあっているのだろうか。
・・・したがって、犯人が容易に特定できないことになる。
コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」には海外植民地（インドだったか）がらみの犯罪をテーマにしていたものがいくつかあった。本書では、満州の残留孤児や「黒道」などの戸籍のないものが日中をまたがる犯罪集団になっていると指摘している。
確かに、日本で犯罪をして、すぐに疑われる前に海外へ出国する例があったと思う。あの世田谷一家殺人事件も、韓国人が犯人だったとする説があった。あの事件も残虐なだけで意味不明な未解決事件だったし。
ログインしてコメントを確認・投稿する