昔、同僚から新聞記者はこちらの説明を記事にしない。先にストーリーを決めているようだ、と不満を漏らしているのを聞いたことがある。記者の立てたストーリーに嵌らない部分は記事にしないということである。
新聞記者は取材から記事にするまでに時間の余裕がない。常に締め切りに追われている。だから、取材した内容がそのまま記事になって、起承転結を備えている、という状態にすることは難しい。そこで、やむを得ず取材内容を切り貼りしてデスクを通るようなストーリーにはめ込むのだと思う。
昔から、「新聞記事は読むべし、読み返すべからず」、とされる理由である。
新聞社やテレビ局が、それぞれのストーリーを立てるのなら、読む方はなるほどと思えるものを、あるいは、他の情報を補完して事実関係を把握できるので、あまり問題にはならない。しかし、全新聞社・テレビ局が同じストーリーを立てれば問題である。
それをやったのが戦時中だった。情報統制されているとはいえ、戦意高揚一色はないだろう。
今日の読売新聞の「変奏曲」で、編集委員の竹内正明は「戦前派となるな夢にも」というエッセイを書いている。
内容は三つのエピソードから成っている。
�‘戸愡躾佑泙鼻Δ澆舛�は、自身の全詩集に戦時中に書いた戦意高揚の詩をいれた。世間の人に罵倒してもらうことでお詫びとしたい、とのことである。筆者の竹内は、まど・みちおをわが身に厳しく、他者に誠実な人と評している。
�∪鐐茲鬚△�ったとされる文学者には、情の深い作家が少なくない。その一人である林芙美子は、兵隊たちをいつくしむ気持が強かったようである。
それに対して、「平和主義者」の永井荷風は、河盛好蔵の「戦争はもうこりごりですね」という問いかけに対して、そっけなく、あなたはもう戦争にとられる歳じゃないでしょう、と返したという。荷風は自身のことだけにしか関心がないのである。
�２拮�のようなエゴイストでなく、心の優しい林芙美子のような人が戦争をあおることが恐ろしいのである。歌人の斎藤史は陸軍少将の父が二・二六事件に連座した記憶を生涯、精神の重い底荷として生きたが、晩年に「戦前派と呼ばれて長く生きて来つまた戦前派となるな夢にも」の歌がある。たとえ夢にも、である。（以上、要約して引用）
さて、この文章は取材記事ではなく、十分に練られた意表を突くエッセイではあるが、それでも筆者・竹内の戦前批判の紋切り型ストーリーに沿っていると思う。
まず、荷風が河盛に妙にひねった問いかけで返事をしたことであるが、これは、竹内の見立てでなく、河盛の「感慨」に対する冷水と見た方がいいのでないか。つまり荷風は生き延びた者の、そんな安堵の感慨にうんざりしてというか、汚らわしいと思っていたのかもしれないではないか。多分、まど・みちおに対してもその言い訳を無視したのでないか。
そして、斎藤史であるが、この書き方では、ニ・二六事件への連座を恥じていたように見えるのでないか。そうではなく、討伐を命じた昭和天皇を許さなかったのである。彼女が天皇家と和解したのは、平成天皇の代になって、歌会始の召人を受けた時である。その時は刑死した青年将校たちと共に皇居に参内したという。まるで霊媒であるが、死者とともに天皇家と和解することができたのである。
ということで、まったく違うストーリーが立ってしまうのであるが、それはむしろ当然のこと。困るのは、全マスコミが同じストーリーを立てることである。先般のモリ・カケ騒動では、テレビ局のストーリーはみな同じだったらしい。加戸前知事（元文科省次官）の証言を無視して、前川前次官の主張のみを放映した。加戸氏はここまで切り貼りするとは思っていなかったと嘆いたと、ネットでは伝えていた。
先に、読売新聞は加戸氏の主張を記事にしていたので私は知っていたのだが。
戦前の同調圧力と同じ構図がある。ただ、ネットという破れがあるので助かっているが。
ところで、戦前においても、近衛新体制になるまでは、少なくとも政治家の立場はいろいろあったのでなかろうか。慎重派の口を封じ軍部の積極的同調者のみを残したのがマスコミではなかったのか。
ストーリーは各社それぞれ作って貰いたい。
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