遠藤誉「毛沢東 日本軍と共謀した男」新潮新書2015
著者は1941年生、国共内戦を経験して1953年に帰国。それまでは、父が医者だったので（役に立つので）帰国を許されなかったとのこと。
毛沢東が日本人の招待客などに、日本軍に感謝しているなどと言ったり、根拠地を南方の瑞金から北方の延安への移動（長征）したは、日本軍との最前線で戦うためと言いながら（中国の赤い星など）、実際には小規模なゲリラだけでほとんど戦っていないことなどは、すでに知っていたが、具体的に日本側と接触して蒋介石軍の情報を売っていたとは知らなかった。
著者については、中国の専門家としてワイドショーのコメンターで登場するので顔は知っていたが、著書を読むのは初めてである。
著者は毛沢東を帝王学（長期戦略と冷酷な謀略・粛清）を身に着けた革命家として描き、その始まりを北京大学で受けた屈辱にあったとする。
彼は今の日本でいう高卒の資格（師範学校卒ではだめだった）を持っていなかったので大学へ進学できなかった。北京大学にいたのは師範学校の恩師が彼を高く評価していて、自身が北京大学教授になった時に助手のような立場で連れて行ったのである。後に、教授の娘と結婚している（１回目）。
屈辱というのは、当然ながら教授を訪ねてくる知識人たちに無視されたことだった。後に、延安へ訪ねてきた知識人の一人に、前にあったことがあるが覚えているか、と尋ねたとのことである。著者の遠藤は、彼はコンプレックスが強く、恨みを忘れず復讐しているという。後の、文化大革命での知識人の弾圧は、最後のまとめてのうっぷん晴らしだったとのことである。
本書の価値は、著者が当時の関係者の回想録や記録をあさって、毛沢東のスパイに、日本軍と和睦したいという意向を伝えていたこと、蒋介石軍の情報を日本の情報機関に高額の謝礼で売っていたことを証明してことにある。
その証拠が少ないのは、日本敗北後に、スパイ関係者をすべて裏切り者として逮捕（中には、大幹部で著名な饒漱石（じょうそうせき））し処刑したことにある。日本軍との協力と蒋介石軍への裏切りを毛沢東自身が命令していたことは、絶対の秘密だったのである。
一方で、毛沢東は日本軍の大将クラスの軍人の訪中を要請していた（特に、総司令官の岡村寧次大将だが、彼は断ったとのこと）。その戦略・戦術を知りたい。日本軍の優秀さを一番評価していたのは毛沢東だったのかもしれない。むろん、蒋介石もよく知っていた。日本軍降伏後に、蒋介石は「仇に報いるに恩で返す」と宣言して日本からの賠償を辞退したのは、共産軍との最後の戦いに協力が欲しかったのであろう。さらに、台湾に逃げてからも日本からの援助を期待してのことだったに違いない。
日本軍の方も、八路軍（共産軍）の強さを知っていた。ただ、大部分は接触する程度だったが、平型関の戦いでは彭徳懐に包囲された日本軍は多くと損害を出したという。しかし、毛沢東はゲリラ戦に留めよという命令に背いたとして彭徳懐を叱責している。かれは、朝鮮戦争でも司令官として活躍したのだが、文化大革命で失脚し紅衛兵の暴行を受けて死亡している。毛沢東は、命令に背いたものを、そして自身よりも手柄を挙げたものを決して許さないのである。
一つ、西安事件で面白い指摘があった。これは、蒋介石が張学良に監禁されて毛沢東に協力して共に日本軍と戦うように脅迫した事件で、結局、蒋介石の国府軍は八路軍と戦わないと誓約した。これは、もちろん、毛沢東の脚本だったのだが、モスクワのコミンテルンからも蒋介石を殺すなとの指令が届いたとのことである。
その後、盧溝橋事件があり、日中戦争（支那事変）が勃発するのであるが、著者の遠藤は時系列がおかしいことになっているという。つまり、日中戦争が始まって国共合作がなされたのならわかるが、これでは逆だろう。あらかじめ、日本軍の動きを知らせた人物がいるはずだ。それは、近衛首相など政府中枢の動きを知っていた、朝日新聞記者の尾崎秀実以外にない。かれが、毛沢東とモスクワに知らせたから、あらかじめ毛沢東は知っていたとする。そして、蒋介石は知らなかった。
ということで、毛沢東は日本軍のおかげで共産党政府を樹立できたと生涯感謝していた（皮肉ではないらしい）。そして、「南京大虐殺」についても一言も日本を批判したことはない。南京大虐殺については、東京裁判で戦争犯罪として戦犯の死刑理由になったのだが、おかしなことに、当時の従軍記者の誰も、戦後でも、証言した人はいない（鈴木明「南京大虐殺のまぼろし」）。ただ、毎日新聞の記者が日本軍の中尉から「百人切り」の聞き書きを記事にしていて、その結果二人の中尉が南京で処刑されている。
で、結局、南京大虐殺をもって日本批判の旗印にしたのは、江沢民（総書記就任1989年）時代になってからである。1995年から愛国教育として日本の歴史認識の追及を始め、南京大虐殺記念館を作った。一方、毛沢東の側近だった��小平は1989年に公職を引き、1997年に死亡した。江沢民の日本追及が本格化するのはそのあとである。
その理由を、著者の遠藤は江沢民の実父が日本軍の協力者（ただし、叔父が共産党幹部で彼の養子になっている）であったことだと推定している。
韓国もそうだが、日本軍との協力者の子孫という汚名は今に引き継がれている。
遠藤は本種執筆の動機を、毛沢東こそ最大の日本軍協力者だったことを証明することによって、中国人が目を覚まして、無益な対立をあおり続けることを止めることを期待してのことだったとしている。
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