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2017年03月12日17:07

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「ユリイカ 特集・こうの史代」を読む

映画「この世界の片隅に」の公開を記念して編集されたされた
こうの史代研究本である。

こうの史代は研究しがいのある人だ。
うかつな説明的な表現をすることで、誤読を呼ぶことを潔しとせず、
誤解を生む説明を加えるくらいなら、わかる人だけわかってもらえばよいとばかりに、
ストーリーをぼんやり追うだけでは見落としてしまうような仕掛けを、
あちこちに、ひっそりと描き残している。

とはいえ、そんな「こうの史代」に取り組むのは、詩と批評の「ユリイカ」である。
今も巻頭巻末には詩が掲載されている賢い雑誌だ。
そんなわけで、賢い執筆者たちが様々な角度から「こうの史代」を分析する。

まずは、「この世界の片隅に」をめぐる論評が並ぶ。
コミュニケーション論の細馬宏通は、漫画アクションの巻末で連載されたことを軸に、
雑誌全体の中での掲載のされ方を意識したマンガ表現を論ずる。
農学原論の雑賀惠子は、昭和4年の農村恐慌から説き起こし、
戦中の食料事情から、すずとリンの隠された縁を描きだす。
マンガ批評の紙屋高雪は、空襲描写の変遷をたどりながら、
日常の喪失と回復を描いたことに、反戦漫画としての新しさを指摘する。

「長い道」の主人公・道、夫・老松荘介、道の元恋人・竹林賢二という名を
道教、老荘思想、竹林の七賢と看破したのは、詩人の水無田気流である。
哲学者の藤岡俊博は、「ぴっぴら帳」「こっこさん」という鳥との交流マンガを踏まえ、
「長い道」の道のことを、本当は人間ではなく小鳥かもしれない、とする。
広島で生まれた歌人・東直子は、「遺族の家」と掲げた家にまつわる記憶とともに、
「夕凪の街」のプロポーズのハンカチが、「長い道」でも登場した発見を報告する。

古代文学の三浦佑之は、古事記の散文部分が筋だけの叙述であることを押さえた上で、
「ぼおるぺん古事記」における絵の力を強さと、その解釈の的確さを讃える。
四コマ雑誌デビューのこうの史代を、キャラを重視する「萌え四コマ」という視点から、
漫画が虚構でしかないことにこだわっていると解き明かすのは、物語評論のさやわかだ。
これ以外にも、様々な識者がそれぞれの視点から、こうの史代を解読する。

むろん、こうの史代自身の対談や、いくつかの短編の再録、
アニメ映画「この世界の片隅に」の監督・片淵須直や声の主演・のんのインタビュー、
交流のある漫画家たちによるイラストエッセイ、
大学教員としてのこうの史代の指導法の報告など盛りだくさんだ。

唯一、困ったことは、二段組み250ページを読み終えた時、
雑誌がすっかりボロボロになってしまったことだ。
それほどまでに、読み込める一冊であったということでもあるのけれど。
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