著者の伊奈めぐみは、女流育成会に在籍して女流棋士を目指していたこともあり、
詰将棋専門誌「詰将棋パラダイス」に作品が掲載されるなど詰将棋創作活動でも知られ、
兄もプロ棋士であるとともに、何より夫がトッププロ棋士の渡辺明竜王という人物である。
結婚後は、将棋関係の活動は控えているが、いつのまにか美大を卒業し、
軽妙な文章と、添えられたカットが秀逸な上に、将棋関係の事情にも詳しいという、
将棋ファンには嬉しい「妻の小言」というブログを続けていることでも知られている。
そのブログの評判からか、夫・渡辺竜王を題材にした漫画を描き始めることなったのが、
この「将棋の渡辺くん」である。
伊奈めぐみは、勝負を争う指し将棋よりも、詰将棋を解く方が好きといっていたという。
つまり、将棋を戦争ゲームの延長としてとらえていないということだ。
ならば、伊奈めぐみは、どんな風に将棋をとらえ、強くなっていったのだろうか。
そのヒントとして、美大への進学、マンガ表現への転身というものがありそうだ。
美術的なセンスのある人は、目に映るものをしっかりと把握し、再現する能力にたけている。
一方、将棋は理詰めのイメージが強いが、トップ棋士は直観が優れているともいわれる。
現在の局面とその後の展開をイメージとして把握し、確実に再現できるなら、
その次の展開を誤りなく考えることができ、形勢判断にも見落としがない。
実は、将棋が強くなるためには、手順を組み立てる能力とともに、
誤りなく画像を把握する能力も必要なのではないかと感じた。
もう一つ感じたのは、棋士に対する距離感の問題だ。
この本では、しばしば夫・渡辺明のぬいぐるみ好きがネタにされている。
平気でぬいぐるみと会話をする渡辺竜王は、一般には常識を越えた人である。
しかし、単なる身内のグチとして滑稽に描くのではなく、
一度は女流棋士を目指したものとして、根源的にプロ棋士への尊敬を秘めつつ、
稀有の才能を持った大棋士の親しみやすさとして表現している。
しかも、棋士ならではの感覚や棋界独特の常識を理解しているため、
世間には謎の多い棋士の生活を、棋士の立場を代弁すしつつ、
ファンに紹介しているようでもある。
ただ、著者名の伊奈めぐみの下に巻かれた腰巻に、
(旦那は渡辺明)とあるのは、ちょっとかわいそうな気がするのだが。
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