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2014年10月27日13:25

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時代を越えて(38) 中沢新一・赤坂憲雄「網野善彦を継ぐ」・・・天皇への愛憎

 中沢新一・赤坂憲雄「網野善彦を継ぐ」講談社2004 を読んだ。網野善彦(1928−2004.2)が亡くなって4カ月後の対談である。中沢は哲学者で網野とは叔父甥の関係、赤坂は民俗学者であるが網野に大きな影響を受けている。
 「人類学や民俗学のような人間の無意識の思考や行為をめぐる学問と、書かれた史料をもとにして行われる歴史学とをひとつに結びつけて、新しい人間の学問を作りだそうという潮流・・・網野善彦氏は・・・この潮流に身を投じて・・・」p2
・・・まえがきに、網野の歴史学者としての特殊な位置が説明されている。

 網野はヘーゲルの影響を受けていた。
 「ヘーゲルの哲学は否定性でできている・・・あるものごとがすんなり進んでいくと、必ず逆の方向から強烈な力がはたらいてきて、進行を歪めたり、変化させていく・・・ヘーゲルの哲学も欲望の哲学・・・・網野史学も欲望の歴史学・・・」p24-25
・・・人間の欲望が、ニーチェでいう権力への意思、生の衝動が歴史を理論通りに進行させない、という意味であろう。

 「父親(中沢の父で共産党員・民俗学者)は左世保のエンタープライズ阻止闘争が起こったとき、そこに登場してきた投石に衝撃を受けました」投石という原始的な行動に国家に抵抗する原理に思い至った。その話を聞いて網野も衝撃を受けた。彼の「悪党」などはまさにそこことだと気付いたからである。p28-29
・・・人間の持つ自由への欲望を見たということなのだろう。

「天皇制について語る時、ある意味では呪詛に近いような、まさに否定の力が噴出しましたね。」p30
・・・私もこれが不可解だった。昭和とか平成の元号のことを、天皇が時間を支配している。これでいいのか、などと講義しているが学生の方からなんとも反応がない、などと書いているのを読んだことがある。この命題には私もなんとも言いようがない。

 「網野さんが問題にしている「無縁」「公界(くがい、芸能人など支配体制に属さない人)」「楽(楽市などの楽、ヨーロッパでは自由都市のこと)」の主題は、旧石器人類のなかにも存在していることになる。」p62
・・・つまり支配体制からはずれたもの、見放されたもの、漂泊者は歴史を貫いた存在だと言っているのであろう。採集狩猟時代が終わり、稲作農業が発達して人々が集落に定着し、大和朝廷による全国支配体制ができたのだが、そこに入ることができず漂泊民として差別される人々が生まれたとするのが定説であるが、網野説では、そもそもの最初から定着民と漂泊者は存在したとするのである。
確かに、縄文時代の矢じりに使う黒曜石(隠岐島や長野県和田峠など)は全国流通していたし、沖縄の子安貝も飾りなどとして各地から発掘されるとのこと。したがって、流通業者がいて、日本海航路を使っていたとの説を読んだことがある。

 「本当は網野さんは天皇のことを好きなんじゃないかと、言われたり・・・異形の王権が出た後はとくに、後醍醐天皇のことが本当は好きなんでしょう? と言われた」p74
 ・・・確かに、天皇が封建制の支配体制からはみ出した人々(悪党や非人)を組織した、ということなら、それは良いことだったのでないかと思うのが普通だと思う。

 要約「カントーロヴィチは、王には二つの面があって、生き死にする身体と持続的な法人として面がある、とのことだが、中沢は天皇制ではもう一つ芸能的な身体がある、とする」p80
 ・・・中沢指摘をみるまでもなくそれはいっぱいある。万葉集や古今集にはじまる和歌の撰集、民俗学の範囲でいえば、木地師(椀をつくる職人)は木のあるところへ移動する漂泊民であり、文徳天皇の皇子・惟高親王を守護者とする許可証(近江の筒井神社、器地祖神社)をもっている。惟高親王の兄弟が源氏の祖である清和天皇。後白河天皇は白拍子(要するに芸者)などからの聞き取りによって流行歌集「梁塵秘抄」を編集している。
 つまり天皇は公家や武士の方だけに向いていたのではなかった。

 要約「非農業民は都市的だということに関連して、都市の作られ方は漁村に似ている、という」p106
 ・・・そう言われれば、あの漁村の狭くてまがりくねった道は都市的かもしれない。私はただ港になるところは平地が少ないからだと思っていただけだった。

 ということで、そろそろまとめに入らねばならない。
 網野はなぜそこまで天皇制を否定したのか。もともとマルキストではあるが公式的マルキストではない。彼らからは批判・攻撃されているのである。
 やはり、差別と表裏一体のものとの信念があったからではなかろうか。天皇という絶対の貴人が存在するから、非人という絶対の賎民が作りだされると。これはむしろ公式マルクス主義の見解だと思う。よくみればテーゼがアンチテーゼを生むとするヘーゲルなのかもしれない。
 しかし貴人のアンチテーゼが賎民である必要はない。卑怯でも詐欺でも精神的に汚い人でも対応するのでないか。天皇の存在が差別を生むという必然性はないだろう。
 ヨーロッパにはカントーロヴィチのいう普通の王権しかないが、それでも差別民は存在する。ロマ人(ジプシー)にユダヤ人もそうであろう。ユダヤ人の場合、宗教が大きな原因だが、だからと言って宗教が否定されることはない。やはり、功の方が罪より大きいのでなかろうか。

 しかし、功罪はともかく天皇制を嫌う人はいる。ある歌人のエッセイで、短歌の元は和歌で皇室の歌会始などがある。恥ずかしいことだ、そんなことのない俳人がうらやましい、などとあった。
 子供のころの新聞のエッセイだが、日本人がこれまで一人の天皇も処刑しなかったのは恥ずべきこと、などとあった。深沢七郎は「風流夢譚」でそれを実践して見せたのかもしれない。貴種の出自であること、これを恥じるのは近代民主主義社会の病かもしれない。  
 太宰治などはこのシンドロームで生涯苦しんだ。今思い出したが、私の少年時代は貧乏だったが、社会全般が貧乏だったせいもあるだろうが、自分より貧乏な人を見ると引け目を感じたものだった。とすれば、このような心理状態は結構多いのだろう。
 素直に読めば、網野の業績は天皇制の功の方を論じている。だから、多くの人からそういう目で見られるし、マルキストからは生涯にわたって批判されたに違いない。

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