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2014年05月24日11:53

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大貫妙子「私の暮らしかた」

大貫妙子といえば、東京生まれでオシャレな楽曲を発表し続けてきたので、
きっぱりとしてサバサバした都会の女性という印象だった。
ところが、いつのまにかアフリカへ行ったり、葉山に移り住んだり、
どちらかというと、エコで自然派のイメージになっていった。

そんな大貫妙子が2006年から2013年にわたって
季刊誌「考える人」に連載したエッセイが「私の暮らしかた」だ。
両親を看取るような年齢に至った大貫妙子の暮らしぶりが率直に描かれている。

バブル期に入って、生まれ育った東京の見慣れた街並みが壊れていくのに耐えられず、
「いつの間にか私は大きな買い物をする気になっていた」
「そして、ついに土地を買い家を建てた」
だからと言って、豊かな自然と共に生きるという暮らしになったというわけではなく、
ほどなく東京に仕事場を借りたというから、まだ、この辺りでは都会人・大貫妙子は健在だ。

仕事でガラパゴス、南極、アフリカなどにいくようになり、
そのうち国内旅行に行くような感覚で世界を飛び回るようになった。
「パスポートとお金と航空券さえあれば何とかなる」
「好奇心が優っていれば、それが自分の背中を押してくれる」
秘境と呼ばれるような場所に向かう時にも、特段の気負いはなく、
ウェットな感傷を排除した上で、キッパリと決断し、サバサバと行動しているあたりが、
なんとも大貫妙子らしい。

やがて海外で遊んでも楽しめなくなり、東京の仕事場も引き払って、
葉山を拠点に音楽の仕事を中心とする暮らしに切り替えるようなった。
有機農法の米作りを手伝ったり、湯たんぽで暖をとったり、猫を餌付けしたりしながら、
時には、コスタリカにナマケモノを見にいたっり、御蔵島で森を感じたりしているらしい。

それでも、大貫妙子のスタンスはちっとも変わらない。
それが大貫妙子の生き方であり、暮らし方なのである。
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