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2011年06月30日11:52

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小説の中の謎(91)  帰るべき故郷とその伝承

 大江健三郎「同時代ゲーム」新潮文庫1984(単行本1979)、「M/Tと森のフシギ物語」岩波・同時代ライブラリー1990(単行本1985)の2冊は、6年間をへだてて出版されたが、ほぼ同一の四国の森の伝承エピソードを核としている。
 初めの「同時代」は、野心作と言うべきか、伝承の語り手(つまり作者大江であるが)も伝承の中に溶け込ますような勢いになっている。そのイメージ・モチーフ群は絢爛にしてグロテスク、ヒエロニムス・ボスの絵を小説にしたような印象を受ける。
 それに対して、「森」のほうは、語り手と伝承がはっきり分かれていて、分かりやすく、コンパクトになっている。最後の章は、作者の息子大江光氏の、故郷訪問で終っていて、作者がこれらの伝承を子孫に伝えようとする意志が示されている。そのためか、事実に即していて、「おとなしい」印象を受ける。
 ストーリーの核になる伝承は、作者の祖母から聞いた話であるが、むろん、聞いたままではなく、大幅なデフォルメを受けるとともに、他から持ってきた伝承と融合されていると考えられる。
 伝承の第1は、森の村の創世期で、時代的には江戸時代のいつか、藩から追放された若い武士たちが、山奥に隠れ里を作る時の物語。その主人公は「壊す人」とよばれ、スターリンや毛沢東がイメージされる。どちらかというと、平家の落人部落の成り立ちに近いと思われるが。
 第2は、「復古運動」とよばれて、家を否定した集団生産運動で、スターリンの粛清や毛沢東の文化大革命が連想されるものである。
 第3は、江戸末期の一揆や逃散に巻き込まれる物語で、「万延元年のフットボール」はこの時期のエピソードを核にしている。
 そして、第4は、第二次大戦末期の、逃亡兵とその追跡部隊に巻き込まれる物語である。このとき、税や徴兵を逃れるために作っていた二重戸籍が暴露され、きびしい処罰を受けることとなった。
 今は、有名な作家になり世界的に活躍している語り手が、つまり大江自身であるが、自身の根っこを探そうとして、祖母から聞いていた伝承をもとに、このような波乱にみちた故郷像に行き着いた、ということなのであろう。
 しかし、ここまで破壊と創造をくりかえす物語にしなくてもよかったのでないか、という疑問が残る。その回答としては、おそらく戦争と革命の時代の姿を根っこに置こうとしたためであろうと考えられよう。
 柳田国男なら、そんな伝承だけではない、といったであろうが、大江の場合は、不条理の時代になったのではなく、そもそもの初めから不条理であったという伝承を作り上げたのである。単に、外の世界が不条理なのではなく、自身の内面に不条理を抱えているのだ。大江の四国の森がノスタルジーを生み出さない理由である。
 ここまで書いた来たことは「森」のほうに依存している。「同時代」には、これ以外の語り手自身の伝承がある。続きでのべる。
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