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2011年06月15日12:07

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小説の中の謎(86)  過剰な活力

 佐藤愛子「血脈」文春文庫2005(単行本2001、雑誌掲載12年間)は、佐藤紅緑、その長男サトウ・ハチロー、その異母妹の著者自身などを中心とする佐藤一族の物語である。昔、「花は紅」というテレビドラマをちらっと見たことがあるが、あれが明とすると、この小説は一族の暗部を容赦なくさらけだしている。
 上巻の扉に家系図があるが、紅緑の最初の妻からの4人の息子、長男ハチローの2人の妻からの3人の息子たちは、一人としてふつうのサラリーマンにはなっていない。ハチローを除いて自由業で自立できたものはいない。すべて、親のすねかじりか、転職を繰り返すかであった。
 過剰な活力が、組織への協調性の妨げになるのであろう。著者自身も「怒りの愛子」と言われているとかで、紅緑の父から始まる怒りっぽさは一族に共通しているとしている。
 描かれた主な人物の中で、くっきりと印象的なのは次の4人である。紅緑、その最初の妻でお嬢様として育ち、実用的なことは何もできず、せず、一生紅緑の行動を嘆くだけだったハル、長男ハチロー、次男節(チャカ)、第2の妻、著者の母シナで、第二の松井須磨子になるという夢を紅緑の強引さに断たれる一方で、紅緑の執着で彼女以外の女性関係を終わらせた。
 著者は、このシナの登場が、紅緑を狂わせて本妻や妾と離縁、ひいてはハチローはじめ4人の息子たちの道をはずさせたとしている。
 ハチローは「小さい秋みつけた」などで有名な作詞家、童話作家であるが、その童心にもかかわらず、わがまま勝手で、菊田一夫をはじめとする弟子たちにあまえ、こきつかって利用し、一方、素行の収まらない弟や息子たち、愚痴しか言わない母に対しては、すこぶる冷淡であった。したいこと、ほしいもの・女への抑制のなさは、無垢な詩と対比され、偽善者と反発を買っていた。
 弟のチャカは、話は面白く、父や兄の名を利用しての交友関係も広かったのであるが、天性というべき嘘つきで、父から金をださせることに長けていた。末弟の分まで奪ってしまい、生活できなくなった弟は自殺している。妻からは話の通りに書けば面白いのに、と言われているが、そこがハチローとの違いなのか、抑制してしまうのだろう、平凡な文章しか書くことができなかった。
 ハチローや愛子と他の息子たちとは、どこが違ったのか、チャカに典型的に見られるように、文章を書きだせば、その奔放さを失ってしまうことにあったのではないか。自由業で世にでるためには、社会の枠や型への遠慮が邪魔になるのだ。チャカは原稿に向かえば社会に遠慮する。その辺が、事実と関係なく、母への愛をうたったハチローとの違いであった。
 ところで、チャカは原爆投下のとき広島にいて死んだのだが、「血脈」では浮気相手と旅行中だったとしている。それに対して、ウキペディアでは、白井久夫「幻の声ーNHK広島8月6日」をひいたようだが、広島中央放送局へ転勤する親友を見送って、そのまま広島に行き難にあった、としている。ハチロー自身が探しに行ったとのことであるが、「血脈」にはない。
 どこでどうなったのか。聞き書きというのはこのような不一致をよくおこすものではある。
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