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2010年12月07日07:44

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小説の中の謎(32)  ブラック・ファンタジー

 村上春樹「海辺のカフカ」や大江健三郎の「万延元年のフットボール」以後のものなどは、何の事だかわからなかった。しかし、それらはブラック・ファンタジーなのではないかと思い付いた。誰かが言っていたのを思い出しただけかもしれないが。
 エンデ「果てしない物語」やルイス「ナルニア国シリーズ」は、冒険の目的がはっきりしている。また、現実世界からファンタジー世界の境界もはっきりしていた。絶滅危惧種となった「幼ごころの君」を求めての旅、魔女に支配された国を、元の現実と神話上と両方の動物たちが共存する国に戻すこと、さらに、水木しげる「悪魔君」は、これもブラック・ファンタジーと言えようが、目的ははっきりしていた。キリストになぞらえた千年王国建設の戦いであった。
 ところが、村上や大江のものはその目的も分からないのである。いや、目的はあるらしいのだが、読んでいて共有できないということか。
 はじめて、モネ「印象、日の出」を見て、歴史に残る悪評を投げつけた批評家に同情したくなる。彼らも、この輪郭のない絵に、何が書いてあるのか、ないのかさっぱり分からなかったに違いない。
 行動や運動の目的が、少数の登場人物やセクトにしか分からない、現実界と非現実界の境界も分からない。たしかに、オウム真理教団のように、また、赤軍派もそうだったが、ブラック・ファンタジーを現実化した集団もあった。 
 どうやら、このジャンルは、容易に感情移入できないし、できたらできたで怖くなる、社会から孤立するようなものらしい。
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