さまざまな「わざわざ」が空回りして、どんどんこじらせていった回でした。
まひろの道長への思いとすれ違い、道長のまひろへの思いとすれ違い、
そこになぜかホッホウ直秀がからんでいき、
いつのまにかまひろと道長にとって運命の人になっています。
さて、ホッホウ直秀の「おかしきことこそ、めでたけれ」を受け止めたまひろは、
さっそく「キツネに騙されるサル」の物語を作り、
それを散楽に仕立てたホッホウ直秀の一座は評判を呼びますが、
それがあまりに晴明と右大臣家にそっくりだったため、
逆に兼家の配下に襲われてしまうこととなりました。
F4青年団の気晴らしの打毬の欠員補充に、
なぜか道長は呼べば来そうな知り合いとしてホッホウ直秀をスカウトし、
(なぜか参加した)ホッホウ直秀の腕の矢傷を見とがめ、あの日の盗賊だと気づきます。
ちなみに「弟のように信頼していた者が盗賊」は「思い人が仇の弟」に少し似ています。
道長に近寄るまいとしていたまひろが、
(倫子の熱心な誘いもあって)わざわざ参加した打毬の会だったのに、
立聞きで知った真相は、斉信がききょうのついでに送った招待状というものでした。
しかも、「あれは地味でつまらぬ」から始まる暴言まで聞いてしまいます。
そんな中、道長の高潔ぶりがどんどん際立ってきます。
散楽を襲った武者を「道長である」と名乗り退散させ、
身分の違いを気にせずホッホウ直秀を打毬の会に参加させ、
まひろのことは「振られた」と言い切るし、男子部室の品定めでも無言です。
姉を思ってか「入内は女子を幸せにはせぬ」の言葉までありました。
また、出まかせとしか思えない道長の「最近見つかった弟」が、
「当たっているんじゃないか」説がネット上で沸き起こっています。
盗賊までするホッホウ直秀の貴族への怨念、とりわけ右大臣家へのこだわり、
それでいて道長を後押ししたり、下々の思いを伝えようとしたり。
兼家の素行を思えば、なおさらありそうに思えます。
その兼家も盗賊を射た道長に人は殺めるなと言うほどに穢れを怖れていたこともあり、
自分たちが帝の御子ごと女御を「呪殺してしまった」ことで気弱になり、
忯子を皇后にという義懐の提案をはねつける気力を失っています。
その裏で、道隆がちゃっかり道兼を手なづけているのも見逃せません。
なお、実資が義懐のことを愚痴り、妻から「日記に書きなさい」とたしなめられますが、
よく知っている人によると、実際に「小右記」に義懐の出世は奇怪とする項があり、
しかも1か月ほど日記に何も書いていない(あの場面の)時期まであるというので、
まったくもってお見事な脚本です。
ということで、今回の秀逸は、
「盗賊は猪や鳥よりも下」と言葉にして和らげられる「人を射たことの心の痛み」でも、
呪詛を怖れるからこそ呪詛が可能となることを熟知している晴明の泰然とした笑みでも、
気弱な兼家が頼ってきたことで寧子がここぞとばかりアピールする道綱のことでも、
皆の心が花山帝から離れる中、わざわざ兼家に面会して間者を止める宣言してしまう
為時父ちゃんの本当に情けないほどの世渡り下手でも、
まひろが自ら捜索役を買って出たものの、雨宿りと立ち聞きですっかり忘れられている
逃げ出したままの倫子の猫・小麻呂の行方でもなく、
よく気がつく人が指摘する、死の穢れと止められても忯子のもとに行こうとする帝の、
下着同様のはずの烏帽子さえつけていなかったほどの動揺ぶりと、
もう会うことも出来ない忯子を思って握りしめていたのが、
あの忯子の手首を縛っていた帯というそれなりには純粋な愛情。
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