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日記一覧

●武士道の歴史と変遷を、どうとらえるか 武士道精神の復活を唱える藤原正彦氏は、武士道の歴史と変遷をどのようにとらえているのだろうか。もとより氏は、歴史家や思想家ではないのだが、そのとらえ方には傾聴すべきものがある。 「武士道はもともと、鎌倉

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●技術の発達と戦争の進歩(続き)◆潜水艦 水面下を潜航し行動できる軍艦を潜水艦という。潜水型の艦艇が初めて戦闘に使われたのは、アメリカ独立戦争でイギリス軍艦を攻撃した「タートル」である。1880年代から魚雷、水中航行の推進方式、潜望鏡等の技

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 藤原正彦氏の『国家の品格』(新潮新書)は、平成17年(2005年)に刊行された名著である。国際的数学者として知られる藤原氏は、いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であり、「国家の品格」を取り戻すこ

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●技術の発達と戦争の進歩 ここで19世紀中葉以降、新しい技術が発達したことによって、戦争の技術が変化したことをあらためて見ておきたい。武器の開発に注目し、機関銃、戦車、飛行機、潜水艦、航空母艦、化学兵器、生物兵器、ミサイル、核兵器の順に述べ

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 今回から、平成期・令和期に入ります。 武士道は、かつて日本精神の精華と称えられました。しかし、明治以降、徐々にその伝統は衰え、今日ではほとんど消え去ったかに見えます。 こうした現代において、日本には武士道の復活が必要だという意見が、根強く

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●戦争のあり方に大きな変化が(続き)◆海戦の変化 海軍は、古代の帆船時代から第1次世界大戦まで、主力艦隊同士の砲撃による決戦や敵の港湾封鎖を主要な課題としていた。しかし、第1次世界大戦から潜水艦が本格的に使われるようになると、それまでの戦闘

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 日本の文化は木の文化であり、欧州の文化は石の文化であるといわれます。欧州人が石の建物に住むのに対し、日本人は木の家に住んできました。木にはいのちがあり、日本人はその木のいのちに包まれて、生活してきました。そこには、自然との深い融合がありま

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(4)世界大戦の時代の戦争●戦争のあり方に大きな変化が 19世紀末から第1次世界大戦、第2次世界大戦の時代には戦争のあり方に大きな変化が起こった。それを陸戦、海戦、航空戦、核戦争の順に見ていきたい。◆陸戦の変化 19世紀の陸戦の作戦戦略は、

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 今西錦司は、日本の社会人類学、生態学の草分けです。霊長類研究の指導者としても有名です。今西は、ダーウィンの進化論に異議を唱え、独創的な「棲み分け理論」を展開しています。 ダーウィンの進化理論は、自然淘汰説として知られています。彼は、『種の

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●コーベット(続き)◆思想(続き)#戦争の目的を限定した制限戦争 マハンとコーベットの思想の違いは、第3に戦争の目的についての考え方に見られる。マハンは、海軍の理想的な目標を敵海軍の殲滅だとした。コーベットは、それを理想としては否定しないが

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 和辻哲郎の名著に『風土』があります。この本は、単に地理学や比較文化論の本ではなく、和辻の倫理学の一環をなすものです。それとともに、この本は、倫理学に基づいて風土と文明の関係を考察した本でもあります。 若き和辻はハイデッガーの著書『存在と時

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●コーベット◆生涯 ジュリアン・コーベットは、イギリスの海軍史家、海洋戦略家である。1854年生まれで、1922年の没である。マハンは1840年に誕生し、1914年に死去したから、二人は約60年間、同じ時代を生きたことになる。 コーベットは

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●人は独りでなく間柄的存在  現代文明は行き詰まっており、人類は生存の危機にあります。そうした中で、私たちの生き方が根本から問われています。 今日、大抵の人は、自分というものがなによりも大切だと感じ、個人の自由や権利を守り、自分らしく生きる

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●マハン(続き)◆思想 マハンが『海上権力史論』を発表した時、当時の『ザ・タイムズ』誌は、マハンを「新しいコペルニクス」と報道した。海を制することは、それまで体系的に評価されたことも、説明されたこともない歴史的要素だと認識されたからである。

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 ルース・ベネディクトによる日本人論『菊と刀』は、戦後日本人に大きな影響を与えています。 ベネディクトは、アメリカの文化人類学者です。彼女は『菊と刀』で、人類学的にみると、世界の社会には「恥を基調とする文化」と「罪を基調とする文化」があると

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●マハン◆生涯 産業革命で石炭を使った蒸気機関を艦船の動力に利用し、船舶の大型化・高速化が進んだ。搭載する大砲も威力を増した。列強は、海軍の増強に力を入れ、大西洋、インド洋、太平洋等の大洋を行きかう各国の艦船が、植民地の獲得を争った。 18

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 東京裁判においてインド側主席弁護人だったデサイ博士は、次のように発言しました。 「インドはまもなく独立します。その切っ掛けを与えてくれたのは日本です。インドの独立は、日本のお陰で30年早まりました。これはインドのみならず、ビルマ、インドネ

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●ナポレオン戦争から第1次世界大戦までの時代 ナポレオン戦争は、第1次ヨーロッパ大戦と言ってもよい戦争だった。ユーラシア大陸西端のヨーロッパの大陸部からロシアにまで、戦域が広がった広域的な大戦争だったからである。この見方をすれば、第1次世界

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 ラビダノード・パール博士は、インドが生んだ偉大な国際法学者です。戦後、インドの首相となったジャワーハルラール・ネルーは、東京裁判のインド代表判事にパール博士を任命しました。パール博士は、親友であるネルーの懇請と期待に応えてカルカッタ大学の

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●ジョミニ(続き)◆思想(続き)#戦いの原則 ジョミニは、戦争に勝利するための不変の原理の探究に努めた。その過程で、戦場における幾何学的な戦力の相対的な配置と各々の戦力が持つ後方連絡線の意義について考察した。そして、優れた作戦を立案するに当

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 東京裁判は、正確には極東国際軍事裁判といいます。大東亜戦争の終戦後、昭和21年5月3日に開廷され、2年半を経て、23年11月4日から12日に判決が下されました。その判決によって、A級戦犯とされた7人の日本人が絞首刑とされ、BC級戦犯とされ

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 本稿の第2部は、戦略論の基礎的な研究のノートである。筆者は、軍事学や安全保障学に関しては素人である。紙の書籍を主たる参考資料とするとともに、ネット上に公開されている専門家や篤学の士の掲示に学ぶことも多い。ネット上のサイトに特に多くを負って

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