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2021年11月23日10:13

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日本の心28〜悲劇の英雄・源義経に感動するのは

 源義経は、少年牛若丸の時代から逸話に富む英雄です。兄・頼朝の命を受けて木曽義仲を討ち、一ノ谷・屋島・壇ノ浦と平氏を撃滅した義経は、頼朝の嫉妬と不信を買い、最後は逆臣として討たれてしまいます。義経は、頼朝の許可を得ずに「判官(ほうがん)」という官職を受けていました。「判官びいき」とは、悲劇的結末を迎えた義経に対する同情を表わす言葉です。しかし、義経人気は、ただ同情によるだけではないのです。
 『平家物語』は、義経を武士の理想像として描いています。当時の武士は「献身の道徳」(和辻哲郎)を基本的な倫理としていました。これは、自分の主君に、一身を献(ささ)げることです。自分の親や子への愛をも超えて、主君に忠誠を尽くすことが、武士のあるべき態度とされたのです。主君もまた家臣に対して深い情愛をもって応えます。義経は、こうした「献身の道徳」を一身に結晶させた人物として描かれています。
 それを伝えるのが、義経とその家来、佐藤継信・忠信兄弟の物語です。『平家物語』巻第11の4、「嗣信最期の事」にあります。嗣信は継信のことです。時は屋島の戦い。平氏きっての勇者・能登守教経が、得意の弓で次々と源氏の武者を射落とします。そして、御大将の九郎判官義経を、一矢で仕留めようと狙いますが、源氏の方も心得て、伊勢の三郎らが判官を取り囲むように、馬を並べて矢面に立ちはだかります。教経が「そこを退け、雑兵共」と言いざま、矢継ぎ早に矢を放つと、たちまち源氏の武者は10騎ほども射落とされました。そのうち、真っ先に進んだ奥州の佐藤嗣信は、左の肩口から右の脇腹へ矢で射抜かれて、たまらず馬から、どどっと真っ逆さまに落ちました。
 義経は、討たれた嗣信を陣の後ろへ抱き入れさせると、馬から飛び降りて手を取って、「大丈夫か、嗣信」と声をかけます。嗣信は「最早これまでと覚えます」と、弱々しい返答。「この世に思い残すことはないか」と聞くと、嗣信は「別にありません。ただ、殿が出世された晴れの姿を見られずに死ぬのが、心残りです。弓取りの侍が、戦場で矢に当たって死ぬことは、もとより本望です。その上、奥州の佐藤嗣信という者は、殿の身代わりとなって討たれたと、末代まで語っていただければ、この世の誉れ、冥土のみやげになります」と言い、次第に弱って事切れました。
 義経にとって嗣信は、頼朝の旗揚げに奥州から馳せ参じて以来、一ノ谷の戦いまで常に自分の側にあって、手足となって働いてくれた家来。その嗣信を失った悲しさに、義経は、鎧(よろい)の袖に顔を押し当て、さめざめと泣きます。
 「この辺に、尊い僧はいないか」と命じて、僧を連れて来させると、「深手を負って今、死んだこの者のために、写経をして、弔(とむら)って下されんか」と頼みました。そして、名馬・太夫黒(たいふぐろ)を、この僧に与えました。この馬は、義経が一ノ谷の鵯越(ひよどりご)えにも使用した愛馬です。嗣信の弟・佐藤忠信ら、これを見た侍たちは、みな涙を流して、「この殿のために命を失うことは、塵(ちり)ほども惜しくない」と、一様に言うのでした。――『平家物語』は、このように義経とその家来らの献身の姿を描いています。
 こうして『平家物語』において、義経は武士の美しさを体現しています。さらに重要なことは、この義経が皇室の熱心な崇敬者として描かれていることです。平氏は一族の私利のために皇位を利用し、「三種の神器」をも危うくします。追い詰められた清盛の妻・二位の尼は、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の入った小箱を脇にはさみ、宝剣を腰に差し、幼い安徳天皇を抱いて入水します。源氏の武士は、天皇の母・建礼門院を海中から救い上げます。そして、義経は平氏から取り戻した神鏡と勾玉を、無事、宮中に届けます。この皇室への忠誠によっても、義経は武士の理想像と描かれているのです。
 義経の物語は、琵琶法師の吟唱によって、広く庶民に親しまれました。そして、義経の「献身の道徳」と尊皇心は、日本人に感動を与えてきました。江戸時代には、庶民は、楠木正成や赤穂浪士等、私心なく献身する武士に敬意を表し、浄瑠璃・歌舞伎等の大衆演劇は武士の忠義の姿を好んで題材としました。対象にかかわらず、自己を超えて忠誠を尽くす生き方を、日本人はよしとしてきたのです。義経の物語は、その中でも最も庶民に愛されるものでした。江戸時代には、山鹿素行や大道寺雄山らによって、武士道の理論化・体系化が行われもしました。その武士道の倫理や美意識は、単に武士たちの身分的なものではなく、庶民にも熱い共感を呼んでいたのです。
 幕末列強渡来の危機に直面した時、日本人は明治維新を起こしました。ここで国民の忠誠の対象が天皇に一元化された時、武士道は国民的な道徳として広く行き渡っていったのです。

参考資料
・佐藤謙三校注『平家物語』(角川ソフィア文庫)
・和辻哲郎著『日本倫理思想史』(岩波書店)

 次回に続く。

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