mixiユーザー(id:34218852)

2018年01月15日09:09

396 view

ファンタジーの中へ(91) ボエル・ウェスティン「トーベ・ヤンソン」

 1914−2001年86歳
1枚目 トーベ画「家族」1942年 トーベ28歳、弟ペール・ウロフ22歳(軍服姿)、弟ラルス16歳、両親
2枚目 冷たい息で人を凍らせるムーミントロール・・・トーベ画
3枚目 ムーミンの登場人物 ネットから

 ボエル・ウェスティン「トーベ・ヤンソン −仕事、愛、ムーミンー」講談社2014
原題 「Tove Jansson: ord,bild,liv」ネットの辞書で直訳すると、「語、絵、生活」となる。原題が抽象的なので意訳したのだろう。
 多分、「語」には父がフィンランド人で母がスェーデン人の間に生まれ、フィンランドの首都ヘルシンキに住んでいたが、母はフィンランド語を生涯自由に話せなかった(フィンランドはスェーデン領だった時もあってスェーデン語も公用語である。)。トーベも受験に必要とフィンランド語を勉強したという(つまり家族はスウェーデン語で話していたのだろう)。フランス語を勉強して、モンマルトルで絵の修業をしたり(両親もそうだった)、さらに、ムーミンが英語に翻訳されて世界的ベストセラーになったことが含まれている。
 「絵」には、当然ながら画家と童話作家の二つ、翻訳では仕事とムーミン。そして「生活」には彫刻家と画家の両親と二人の弟と育った家族、それに自身の恋愛が翻訳では愛にまとめられているのである。

 1.両親との関係
 母シグネ・ハンマルステンの父は牧師だったが、シグネは画家になったが、弟たちは科学者になっている。いずれも行動的で、いたずら好きで、同僚たちの悪夢にもなっていたとのこと。中にはお化けやトロールの話をしてトーベたちを怖がらせた。

 父はユダヤ人を嫌っていてヒトラー贔屓だった。この件では父と決裂しているのだが、著者は、トーベが結婚や出産に消極的だったのは、父や男たちや戦争への反発があったとみている。男は、忠誠心、団結心があり(国や絵画の団体に、また社会に進出する女性に対してもか)、女性への優越心を隠そうとせず、高圧的でしかも一貫性がない。父を見れば分かる。母シグネは父と子供の世話で自身は画家になれなかった。自分は自立した画家になると決心したのである。

 2、ムーミンの始まりは風刺画
 1935年からガルム誌で風刺画を描いた。ヒトラーやスターリンも描いたが1944年のソ連との休戦協定締結の関係からかスターリンの絵は没となったとのこと。
それらの風刺画の中でパロディの役割を担ってムーミンが姿を現したのである。最初はスノークと名乗っていたが。

 1939年ソ連との冬戦争(決死の防衛戦によって和睦条件を付けられたが独立を守った)さなかに、初めての童話「ムーミントロールの不思議な旅」が書かれた。(ラーゲルレーヴ「ニルスの不思議な旅」は1906−1907年)ムーミン・パパは行方不明で、冬を目前にしてママとムーミントロールが家を探す物語である。そして美しく豊かなムーミン谷が発見されたのである。(モーゼはいないがエグゾダスを思わせる)
 トーベは、15歳で中学校を退学し、ストックホルムの工芸学校に通うため母の弟のエイナル叔父の家に下宿していたが、その時に夜ごとのつまみ食いしていた。それを、ムーミントロールに凍えさせられるぞと言って叔父に注意されたのである。これがムーミントロールの存在を知った時であった。もともとは伝承の妖怪だったのである。

 3.トーベのプライベイト
 トーベには生涯に何人かの恋人がいた。
 画家のサム・ヴァンニ
 哲学者のアトス・ヴィルタネン・・・結婚を計画したこともあったが、すれ違いに終わった。
 同性の恋人ヴィヴィカ・パンドレル
 金細工職人ブリット・ソフィ・フォッシュ
 最後の同性の恋人になったトーリッキ・ピエティラ(トゥーティ)・・・著者のウェスティンはトーベの伝記をトゥーティに捧げている。いろいろなエピソードを教えられたのだろう。

 4.ムーミンのキャラクター(楽しいムーミン一家などから)
 スナフキン:孤独と自由を愛する。
 ムーミンパパ:苦しい青春時代の思い出を欠いている。
 ムーミンママ:お客を迎えるのが好き。
 じゃこうねずみ:「すべてが無駄であることについて」という本を読む哲学者
 ちびのミイ:ムーミン一家の養女。皮肉屋。
 モラン:おそろしい氷の魔物。

 ☆海風:まとめ
 テレビのムーミンは「ねえ、ムーミン。こっち向いて。」の主題歌もストーリーも子供向けだと思っていたが、童話となるとかなり印象が違う。
 「ムーミン谷の彗星」は破滅の危機がテーマになっている。
 「たのしいムーミン一家」の原題「Torollkarlens Hatt」(魔法使いの帽子)であって、印象ががらりと変わってしまう。もっとも、この魔法使いは翻訳では「飛行おに」になっていて恐ろしいというより間抜けなところのあるキャラだし、彼の魔法の帽子もどたばた喜劇的ではある。
 登場人物も一人でいるのが好きで夏になればどこかに行ってしまうスナフキンに代表されるのだが、実際、ムーミントロールとスノークのおじょうさん、ムーミンママを除いて、他は皆、変わり者で孤独愛好家なのである。ムーミンパパもどこかへ行ってしまうし。

 そもそもトロール自体が魔者なのである。ハリー・ポッターにも登場していたし、エイナル叔父から聞かされたムーミントロールは妖怪のようなものだった。それがかわいいムーミントロールに変身するとは? 

 で、私の結論を言えば、ムーミントロールはトーベ自身であり、スナフキンなど孤独を愛する変わり者たちもトーベの一部なのである。
 トーベは自伝を書かず、すべてをボエル・ウェスティンに託した。トーベ自身日記も含めてたくさんのメモを残している。書くことが好きで、苦痛も感じることがなさそうなのに、どうして自伝を書かなかったのか。
 「彫刻家の娘」は少女時代の家族の描いた自伝だし、「少女ソフィアの夏」は自身の少女時代に基づいた小説である。多分、成人以降の自分を書きたくなかったのだろう。
 それは、父との確執に原因があるのではなかろうか。「彫刻家」では仲の良かった父娘も、男優位社会の筆頭のように嫌われている。父は母の画家としての活動を事実上妨害した、と思ったのだろう。実際は、安定した収入のない夫を彫刻に打ち込ませるために、そして子供たちを育てるために、母は自分から働いていたに違いないのだが。むろんトーベも知っていたのだが、その矛盾をどこにぶつけたらいいのだろうか?
 トーベ自身は芸術家の道を選んだ。恋人は恋人止まりにして。
このトーベの内心の葛藤が、童話ではあまり例を見ないキャラクターを育てたのだと思う。内心に魔物や妖怪を秘めたかわいいムーミントロールである。

 もう一つの危機的な背景設定の理由は、本書でも指摘しているが戦争の重圧である。圧倒的な軍事力を持つドイツとソ連に挟まれていたのであり、現実には二度にわたるソ連との冬戦争だった。これがフィンランド人の誇りになっているとのことだが犠牲も大きかったのである。いつ何が起きるか分からない。これが平和なムーミン谷の裏に隠されているもう一つの秘密だった。

 かわいいキャラクターと平和なムーミン谷は心の中と外の世界に危機を抱えている。これがムーミン物語の不思議な魅力を醸し出しているに違いない。


0 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年01月>
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031