一橋文哉「世田谷一家殺人事件 １５年目の新事実」角川書店2015
１）事件の概要と迷宮入りの原因
世田谷事件は宮沢一家４人（夫婦と幼い姉弟）が惨殺され、そのあまりにも凄惨なさまに日本中を震撼させた事件である。2000年12月31日の午前十一時頃に、隣に住む宮沢みきおさんの妻・泰子さんの母親（71歳、泰子さんの姉夫婦と同居）が娘夫婦の家がいつになく静かなのを不審に思い訪ねて、家の中が血だらけになっているのを発見した。
犯人は、いたるところに指紋や足跡、持ち込んだものを残し、冷蔵庫のものを食べたり、宮沢さんのパソコンを使ったり、何か書類を探したり（それらはまとめて風呂おけに捨ててあった）していたので、当初は解決が早いと思われていた。しかし、証拠品は犯人の特定につながらなかった。また、当初は、犯人の逃走が深夜と思われて、発見時に緊急配備をしていなかった。後で、朝の十時ごろ（つまり発見の直前で見張り役が犯人に知らせたと考えられた）と分かったのだが、それを秘密にして、すぐに捜査員に伝えられることはなかった。それで大事な初動捜査ができなかったのである。
著者は、犯人は宮沢さんの知人か紹介された人物で、玄関から招き入れられたところで、殺害し始めたと推測する（それも宮沢さんの妻と娘には猟奇的な、拷問のような殺し方であった）。ということは、実行犯と犯行を依頼した主犯がいることになる。
実行犯は宮沢一家と何の縁故もないが、主犯は宮沢さんの交友・仕事関係者のはずだと著者は考えたのである。
２）実行犯の特定と対面
犯人は韓国人であるとする物証は、犯人の残したテニスシューズであった。それは韓国でだけ販売されていたものだった。警察は指紋を持って韓国に捜査員を派遣したのだが、韓国側は捜査に協力しなかった（日韓捜査共助条約の締結は2006年、平成18年）。
著者は歌舞伎町の金融コンサルタント（実態は何でもありの悪徳商人）の瀬戸氏（仮名）や彼と親交のある韓国マフィアの元ボスＡ氏からの情報を得て、元韓国軍人の李仁恩（仮名）が世田谷事件にかかわっているらしい（最近金回りがよくなった、時々日本に行っている。杉並区に友人がいる。）ことを知り（2001年夏）、2001年11月（事件の１年後）ソウル郊外の自宅らしいところで張り込みをして、帰ってきた彼と対面することができた。
著者は李に会うために、彼の実家や周辺で聞き込みをして、李が頭の回転が遅く（軽い知恵遅れ？）、軍隊に徴兵されてから性格までおかしくなり除隊したとのことが分かった。
日本の出入国管理局の記録によれば、彼は事件の十日前に入国し、事件の翌日に台湾へ出国していた。
彼に事件当日どこにいたのかとアリバイをただすと、臆面もなく世田谷の知人宅にいたと答えたのである。
元韓国マフィアＡ氏が採取した李の指紋と捜査報告書記載の犯人の指紋（解説用の指紋図）とを比較してもらうために、元鑑識課員を韓国に派遣した。その鑑定によれば、犯人のものは原本ではないので断定はできないが、ほぼ間違いないとの結果がでた。実行犯は李だと断定してよいだろう。
ただし、李と宮沢家の間には直接の接点がない。やはり仲介した、そして殺人の動機のある主犯を探さねばならない。
３）主犯の特定と対面
ところで、宮沢家のある土地は都立祖師谷公園の拡張用地になったため、都が提供した代替地に転居する必要があった。しかし、事件のあった時点で都との売買契約が成立していなかった。どうやら購入資金が足りなかった（転居先は世田谷の一等地）ようである。事件直前にみきおさんは父親に２千万円の借金を申し込んでいた。
事件当日、宮沢家の周辺で不審人物が目撃されていた。その一人に身長170センチ、４０歳くらいの中年男がいた。
また、「カネダのおっちゃんは本当にいい人なんだ。命の恩人だよ。彼のためならなんだってするよ」と言っていたが、カネダのおっちゃんは物覚えの悪い李にできる仕事として、宗教団体に関連する印刷所の仕事をあっせんしていたが、事件当日の中年男とカネダのおっちゃんの特徴が一致しているのである。
しかも、カネダのおっちゃんらしい人物は宮沢家周辺にも登場していた。宮沢家は隠していたが、男の子は言葉の発達が遅れていた。母の泰子さんは言語治療のために医者だけでなく福祉関係者などにも相談をしていた。
一方、「カネダ」もいろいろなボランティア活動に参加していた。
「カネダ」は韓国に本部があるキリスト教系の新興宗教の幹部で、その施設は日本のみならず世界各地にあり、世田谷区の宮沢さんの家の近くにも存在していたのである。
犯人はなぜ、悠々と宮沢家に残って長時間作業らしきことをし、人目に付く昼間になってから逃走したのか。しかもなぜ目撃情報がないのか。近くに隠れ家があったとみるのが自然なのではないか。
４）主犯の動機
すでに「新潮４５」に世田谷事件の連載（2002年１月号から）を始めていた著者は、杉並区にあるマンションの前で「カネダのおっちゃん」こと金田秀道（仮名）を待っていた。そして、午後７時過ぎに帰ってきた中年男に声をかけた。「金田秀道」さんですね。
金田は苦笑いをしながら「とうとう来ましたか」と答えた。著者の連載記事を読んでいたわけである。
「金田さん。あなたは、韓国・京畿道の金秀道（キム・スド）さんですね」
「あなたはなぜ李仁恩をかわいがって、そこまでの世話をする。」
「なぜ、アメリカへ軍事訓練を受けさせに行ったのか。」
「そもそも、あなたは何者なのですか」
著者に問い詰められて、彼はすべて認めて、すべて宗教団体としての活動だったことまで否定できなくなっていた。
そして、ついに宮沢泰子さんとも面識があったこと、さらに主人のみきおさんとも都内の飲食店で会食していたこと（著者は目撃情報を持っていた）を認めたのである。
主犯の金田は金に（上納金）困っていたのでないか。それで、宮沢さんの１億円以上になる土地売却料や移転補償費を詐取しようとして、逆に疑われたのでないか。そして、凶行を決意した。
実行犯は長時間パソコンで何をしていたのか。金田と宮沢さんとの接点となる手紙やメールを探して消去していたのでないか。
５）実行犯と主犯との絶縁
その後、日本に現れた李は、今度は金田をつけ狙うようになっていた。宗教組織のためにといわれて協力したのに、それが金田氏自身の利益のためだったことを知ったからである。それに、彼はすっかりプロの殺し屋に成長していたのである。
☆海風：
�｜�者の情報源
闇社会の情報提供者とどう関係するのだろうか。長い付き合いの人がいて、そこから直接の関係者へと手を伸ばしていくのだと思われるが。
それに捜査情報も。捜査員が漏らすのだろうか。
かなりのスタッフも抱えているに違いない。
�⊆孫堡箸陵�仁恩のプロフィール
しかし、いきなり実行犯に到達したような感じなのだが。最近金まわりがいいとか、日本へよく行くとかで犯人の可能性が高くなるのだろうか。いささか不審である。
それに、指紋が一致したのなら、どうして逮捕に踏み切らないのだろうか。捜査当局も注目していたというのだが、この指紋には欠陥があったということなのか。
この実行犯は物覚えが悪いとされるのだが、知恵遅れというのか。確かに無防備な受け答えだった。
おまけに変質者ということでもある。こんなキャラクターで殺し屋が務まるものなのか。一家の殺害を楽しむような真似をして、いろんな証拠を残して、一度は逃走に間に合ったとしても、いつもいつも逃走できるというのが、それに二度目には前の事件と同一犯だとわかってしまうだろう。こんな雑なやり方をしていてプロの殺し屋として成長する？ というのが不思議である。著者もゴルゴ１３とはタイプが違うというのだが、こんな変質・知恵遅れタイプが依頼者の信用を獲得できるものなのか。
むろん、いつも逃げおおせる運のいい連続殺人犯はいるわけだが、それはアマチュアなのである。商売にはならないだろう。
��主犯の動機
主犯の所属している教会とは、文 鮮明の世界統一教会のことだろうか。確かに、土浦の我が家の家の近くのビルが事務所になっている。今はあまり派手な話題はないようだが、地道に勢力を維持拡大しているのだろうか。
それにしても、特に資産家でもない宮沢家の自宅の買い替え資金を狙うとはどういうことなのか。こういう新興宗教（というか詐欺師だが）の場合、子供のいない孤老の資産家とか、投資先を探す資産家を狙うのでなかろうか。
�っ�者の手法について
ということで、本書の場合の著者は、犯人の仮説をたてて、それに適合するような事実を積み上げているような気がする。その意味で、面白いのだが、ノンフィクションというよりは事実をベースにしたノベルだと思える。
未解決事件のノンフィクションの場合では、王将社長射殺事件のようにいろいろな可能性あるストーリーへと拡散せざるをえないと考えられるのである。
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