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2015年07月17日14:56

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ファンタジーの中へ(58) 高野史緒「カラマーゾフの妹」・・・性的人間像

 高野史緒「カラマーゾフの妹」講談社2012(第58回江戸川乱歩賞受賞作)を読んだ。これは、ドストエフスキー自身が書くはずだった13年後の続編の体裁をとっている。そのストーリーは、多分、亀山郁夫説に従っているのだろうと思うが、本編の最後に登場するコーリャをリーダーとする少年たちはテロリストになり、ゾシマ長老の死後、修道院を離れ教師になっていたアリョーシャが皇帝暗殺の企てに参加するというものである。
 もう一つ本編から想像つかないことは、兄のイワンは本編の最後で発狂したのだが、回復していて、捜査官として緻密な頭脳を評価されて出世し、13年前の父の殺人事件の再捜査のために故郷に戻ってくるという設定になっていることである。つまり、犯人は長兄のドミトリーではなく、庶子のスメルジャコフであるという証拠をつかむために、父の墓を開け傷跡を確認する。そのことでドミトリーが殺してやると叫んで持って行った杵の傷でないことを示して、長兄の無罪を証明しようというのである。

 中でも、最大の問題は、信仰の人であり、無頼の父からも愛され信頼されていたアリョーシャがなぜテロリストになったのか、ということである。社会改革のため農民のためといっても、本編自体が社会矛盾をテーマとしたものではなく、ロシア人の典型的な気質の類型を示すことでロシア人の何たるかを明らかにしたもののはずだった。
 私は亀山説をくわしく知らないので、著者の高野説との違いが分からない。しかし、以前は、アリョーシャが皇帝暗殺に加わるはずがない、と思っていたのが、この小説を読むに至って、これなら確かにそうなると思った次第である。何しろ、これでもかとばかり証拠を積み上げる著者に負けてしまった。

 イワン捜査官に協力するのは、フランスで心理学者ピエール・ジャネから催眠療法を学んだトロヤノフスキー公爵である。ジャネはほぼフロイトと同時代人であるが、催眠療法やトラウマの発見者の方が役柄にあっていたことと、当時のロシア貴族はフランス語必修でウイーンよりパリを好んでいたからだろう。

 本編でイワンは、悪魔や大審問官に会って議論していたのだが、トロヤノフスキーによれば、それはイワンの多重人格であること。催眠により悪魔を呼び出して、過去のイワンに何があったのか、多重人格を起こすほどのトラウマは何だったのか教えてもらおうとする。しかし、悪魔もそれは分からないという。イワン本人も、街中の屋敷でなく、もっと小さい屋敷にいたという記憶があるのだが、それがどこだかわからない。
 そこで、田舎の地主屋敷に行ってみることを決心する。実は、そこだけはどうしても行きたくなかったのである。そこで、イワンはその屋敷で妹が生まれ、しかも足に障害を持っていたこと、アリョーシャと自分で妹を守ると誓ったこと。自分しかいない時に気が付けばその赤ん坊が死んでいたことを思い出したのである。

 さて、問題はアリョーシャである。彼も、このトラウマを抱えていた。それも、死者や障害者に性的フェティシズムを感じるというのだからより深いトラウマだった。
 父殺しの真犯人はスメルジャコフでもなかった。その論証も面白いがネタばれを避けるために言わないでおく。

 当時のロシアは、明治日本同様先進ヨーロッパから新技術を導入していた。ジャネの心理学もそうだが、イワン捜査官が先進的捜査技術を指導してもらった先生もイギリスから招聘されていた。つまり、シャーロック・ホームズである。このように、本書は遊び心に満ちている。
 それに、本編での4兄弟もロシア人の気質というより、やはり異様な雰囲気をもっていた。その異様性もまた現実のロシア革命の推進力になったのかもしれない。大江健三郎と言うよりサルトルが性的人間のエネルギーを重視していたように。なにしろ、革命は政治的、論理的には進行しないらしいのだから。


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