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2013年06月01日22:27

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時代の中で(92)  川本三郎「青の幻影」の幻滅

 川本三郎「青の幻影」文芸春秋1993 は12人の作家や画家などの評論集である。この中で、大江健三郎、つげ義春、それに村上春樹に関するものについて考えてみたい。もっとも、20年前のものだから近年の話題作はない。

 大江健三郎に関しては、障害児の長男との共生をテーマとした「洪水はわが魂に及び」、「新しい人よ眼ざめよ」などと、「僕が本当に若かった頃」を論じる2章で扱っている。もっとも、私はこれらの本は積読状態なので、川本の評論の範囲で検討することになる。
 主人公は障害児の息子と核避難所のシェルターに隠れるとのことである。川本は「・・・なぜこれほどシェルターにこだわるのだろう。・・・いうまでもなくそれは大江健三郎にとって世界が恐怖にみちているからだろう」と、大江の重要なモチーフを提起する。
 確かに、初期の評論でも「便器に腰かけたままの姿で核爆発に遭遇して空中を飛んでいくという幻想にとらわれた」というようなことを書いていた。読んだのは20歳代で、このイメージに不思議な印象を持ったものである。
 しかし、今思うにこれは過剰反応である。私が小学生の頃、夏バテになると日本脳炎にかかったかと恐怖ノイローゼになったものだが(当時、新聞やラジオでよく報道していたのだ)、大江の核恐怖や戦争恐怖も似たようなものでなかったか。
 大江が作家になって以降、核恐怖や戦争恐怖は日本では現実のものとはならなかった。近年の津波による福島原子力発電所の事故は確かにあったが、これは核戦争ではなかった。世界的には戦争や革命に伴う恐怖は新聞紙上に日常的といってよいほどで、今もある。その最大のものは大江が哲人政治家と憧憬した毛沢東の文化大革命ではなかったのか。自身の人間判断の狂いに恐怖しなかったのだろうか。その記述は寡聞にして知らない。
 大江は「ヒロシマノート」や「沖縄ノート」のルポルタージュによって、核や戦争恐怖を骨身にしみて内面化させたのであろう。そして、私が中学生になって日本脳炎を忘れたようなことはなく、生涯にわたって恐怖を生き続けているらしい。アンリ・クルーゾー監督「恐怖の報酬」1953 そのものと言わねばならない。
 大江は別の評論で、自身を私小説作家と位置付けていたように思うが、それは西村賢太のように自身の肉体に感じた経験のみに基づくのではなく、多くの古典などから得られた感動を自家薬籠中のものにしたうえでの私(恐怖)小説であったに違いない。

 つげ義春については、「通常の感覚からは、暗い、薄汚い、わびしいと忌避される場所こそが、彼にとってはむしろ心地よい場所になる。」として特徴づけられている。「陋巷趣味」や「零落趣味」だという。
 しかし、つげ自身は「ぼくは貧しげでみすぼらしい風物にはそれなりの親しみを覚えるのだがリアリズム(生活のにおい)にはあまり触れたくないのだ」と語っているとのことである。したがって、いくら汚い場所を描いていてもロマンチックになるのであろうか。(というより、私には意図的にそうしているように思えるのだが。)そこで、川本は「リアリズムの宿」を引いて、「表現者(つげ義春)は生活者(リアリズムの宿の少年)の深みにまで降りてゆくことは出来ない」と断定する。
 ちょっと待ってくれ、そのように描いたのはつげ義春なのである。二人の間の断絶を痛感しているつげに、「深みに降りてゆくことはできない」などというセリフはないと思う。・・・もっとも、川本は後半では、つげの少年時代を、極貧のみじめな生活と紹介している。とすれば、「リアリズムの宿」の少年はつげ自身であろう。川本はつげの自己分析を文字通りに受け取ってしまったらしい。

 さて、村上春樹は「この空っぽの世界のなかで」時間だけが過ぎてゆく。その「圧倒的な空虚さに向かいあっている」、とされている。「高度資本主義社会」のなかで「現実感を喪失」していると。
 なんだか村上自身がそうだと言わんばかりだが、描かれている主人公と作者自身を同一のものと錯覚しているのではなかろうか。
 むろん、村上は、自己認識を失ったアイデンティティ・ロスの人間が、青年の大勢になっているという危機意識で執筆しているはずだと思うのだが。
その人間像はカフカからカミュを通ってサリンジャーのライ麦畑に通じているはずであろう。

 どうも川本三郎という人は、作者の言うことをそのまま信じているお人よしのように見えて仕方がない。正面ばかりでなく、裏や横にも回ってもらいたい。小説家というものは一筋縄ではいかない人々のはずであろう。
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