「なぜ、大政奉還をしたか」は、慶喜を描写する上で大きなポイントの一つです。
このドラマは、その先触れとして原市之進の暗殺を置きました。
そこに亡くなった円四郎やフランスに送った栄一の不在を重ね合わせ、
一人難局に立ち向かうべく熟考する慶喜の姿に焦点をあてました。
二条城の場面も、下段から遠くにいる慶喜が申し渡すような描き方ではなく、
大政奉還が神君・家康の遺志にも沿うと説明する草��剛の周囲をカメラがクルクル回り、最後のキメの一言は斜め下から見上げるように撮ります。
これが慶喜の決断なのだ、この説明ができるのが慶喜なのだと強調するかのようです。
それを見守るのが概念としての家康です。
一度は思わぬ結論に苦悶が隠しきれなかった家康ですが、
慶喜の深慮を知ると、その決断やよしとばかりに表情もやわらぎます。
なるほど、この場面のための「歴史解説」でしたか。
もう、中の人を「犬」とは呼ばせません。
一方、大政奉還と軌を一にして、フランスチームも洋装・断髪になりました。
柔軟な上に興味津々な栄一はノリノリなのに対し、
やはり水戸の皆さんはやってくれます。
さすがに切腹めいた作法に辞世の歌はやりすぎでしょうが、
武士にとって髷が特別な存在であることを教えてくれます。
そして、官僚(=武士)と銀行家が友のように話すのを見た栄一が、
ベルギー国王が商人のように鉄を売り込んでいたことを思い出しつつ、
(ヨーロッパ社会の本当のところのことはおくとしても)
「風通しがいい」と一言で切り取ったのが見事です。
そのただ中にいると、そこに問題があることにさえ気づきにくい身分制度の問題を、
肌触りのある言葉で具体化し、乗り越える方向性さえも見通しています。
言葉の取り扱いに手練れな大森美香が絶妙な補助線を引いて、
読者の視座を転換してくれた一言とでも言えましょうか。
というわけで、今回の秀逸は、
見立て養子とはいえ、平九郎に説諭する千代の母としての対応でも、
秘めているつもり、ただの餞別のつもり、密会のつもりのつもりから漏れすぎている、
平九郎のフラグ発言を覆い隠すほどに突き抜けて「やれやれ」な「ていの思い」でも、
直後の大政奉還を思うと、実は相当に危ない橋を渡っていた
公儀に支払わせる見込みの逆為替で資金を調達したフランスチームでも、
そんな意味でも、小栗ら江戸チームが反発するのも理解できる
ずっと京・大坂に行ったきりで命令しか届かない将軍慶喜の不在でも、
もし平和な世がくれば無用の長物になってしまうことが目に見えている
何かあると「戦じゃ」としか言わない西郷の戦闘特化型人材ぶりでも、
立て板に水の早口で場の空気を完全に支配してしまう
岩倉具視こと山内圭哉のひとり小劇場感でもなく、
原市之進の暗殺の報に怒ることもできず、泣くこともできず、
かといって平静を装うこともできないまま、
ただただ「皆、下がれ」としか言えない慶喜の悲しみ。
ログインしてコメントを確認・投稿する